燈明・燈籠


お燈明のみ光

み佛さまにお供えする明かりを燈明(とうみょう)と言います。

燈明は六波羅蜜の「智慧(ちえ)」をあらわしています。佛教でいう智慧は、普段私たちが使う知恵とは区別され、サンスクリットのprajna「理智(りち)」の訳として用いられています。これは、心の迷い、煩悩(ぼんのう)を滅し、物事の真理を明らかにして悟(さと)りを開くこと、正しいこと間違ったことの判断、正邪(せいじゃ)を区別する力を持つことをいいます。

中でも、この世に存在するすべてのものの本質は皆「空(くう)」であることを認識とします。空とは、すべてのものは因縁により現在あるのだからそこには実体と言うべきものは何も無い、存在を絶対視したり執着(しゅうじゃく)してはならないという思想です。

prajnaの俗語形パンニャーpannaは「般若(はんにゃ)」と漢訳され「空」の心を説いた教典「般若経」の名はここに由来しています。

また、お燈明は普通左右一対でお供えします。これは「自燈」「法燈」と呼ばれ、お釈迦さまがクシナガラの郊外にある沙羅双樹(さらそうじゅ)の木の下で説かれた最後の説法の中の一つである「自らを燈火(ともしび)とし、よりどころにせよ。法を燈火とし、よりどころにせよ。」という教えを形としてあらわしたものです。

日々のご供養

お燈明とお線香は礼拝の直前に火を着けます。そして、行法(ぎょうぼう)が終わったら席を立つ前に火を消します。お燈明やお線香は息を吹き掛けて消してはなりません。ロウソク消しを用いましょう。手のひらで扇いで消してもかまいませんが、いずれにしても、ロウソクを倒さぬように気を付け確実に火を消すことが大切です。

また、途中で席を外す時も必ず火を消してください。不意の用事や電話、来客中にロウソクや線香が倒れたり引火したりで、それが原因で火事になったという話が今だに聞かれるのは残念なことです。火の元には呉々もご注意ください。

お燈明を長時間ともしたいときや、常夜燈としたいときには電球を用いたものが安全で便利です。

ロウソクのはじまり

ロウソクは初め、たいまつ状の物であったのが次第に現在の形になっていったと言われています。

エジプト・ギリシア・ローマなどでは早くから、蜜蜂の巣から作る蜜臘(みつろう)が用いられていました。ロウソクとしては紀元前3世紀ごろには登場しており、中国でも同時代の使用がみとめられます。

日本には、佛教の伝来に伴ってもたらされました。奈良時代にはすでにロウソクが使用されていたとの史料も残っています。しかし、当時は中国より輸入された蜜ロウソクで大変な貴重品であったため、宮廷や一部の寺院でしか用いられていませんでした。

和ロウソクの原型は室町時代後期(16世紀)に製造が始まり、江戸時代に入ると生産も増え、末期には都市を中心に広く普及していきました。しかし、一般家庭にまで行き渡ったのは、明治になって洋ロウソクの製造が行われ、安価に手に入るようになってからのことです。

和ロウソクは、漆(うるし)やハゼノキなどのウルシ科の樹木の実をついて、蒸してから絞り取った固形脂肪を原料にして、芯(燭心)に手で何度も塗り重ねて作られます。芯は燃え残るので、芯切り鋏(はさみ)で切って炎を調整します。

洋ロウソクは、ピッチや獣脂などを原料としていましたが、現在ではパラフィンが用いられています。芯を通した型に、溶かしたパラフィンを流し固めて作ります。

燈供養具(とうくようぐ)

燈火は初め、燈明皿に油を入れて藺草(いぐさ)の芯で出来た燈心を浸してともしましたが、やがてロウソクとなり、現代では電球にと移り変わってきました。

油をともす台を燈台(とうだい)、ロウソクをともす台は燭台(しょくだい)と呼び、風などで火が消えないように上部に覆いをしたものを雪洞(ぼんぼり)燈台といいます。菊の花の形の台を持つものを菊燈、蓮は蓮燈といい、大きな輪を持った吊り下げ形の輪燈もあります。

燈籠(とうろう)の一般的な形式は、宝珠(ほうじゅ)をのせた笠、火袋、受台、脚、地輪(台)からなり、台の上に立つものは台燈籠(置燈籠)と呼ばれます。釣環のついた宝珠鈕(ちゅう)が笠の上についた釣燈籠には地輪は無く、釣環で連ねて釣るすことが出来ます。燈籠には寛通型、丸型、菱型、六角型、隠元型、曼荼羅燈など様々な形があります。

般若心経ロウソクの功徳

般若心経はわずか二百六十余文字の中に佛教の叡知(えいち)が集約されています。この有り難いお経がロウソクの周りに刻まれているのが、般若心経ロウソクです。このロウソクに燈(ひ)をともせば、三日三晩不断の般若心経を唱え続けたのと同じ功徳(くどく)があるといわれています。

本尊守護、願望成就、試験合格などみ佛のご守護を願い燈をともされれば、その光明は希望の光となり真実の道が開けゆきます。

先祖供養やご命日など、ご供養を祈って燈をともされれば、その光明により亡き方を迷うことなく極楽浄土にお導き下さいます。

観音院の燈籠供養

毎年十月は、観音院においては燈籠供養「萬燈会(まんどうえ)」が執行されます。導師に続いて散華(さんげ)が盛られた華籠(けこ)を捧げ持った僧侶たちは、光明真言を唱えつつ粛々(しゅくしゅく)と進みます。本堂には散華が舞い、その光景はみ佛さまの世界の一端に触れたかのような趣があります。

頂かれた散華は特別のお願い事のある時に、願意とお名前を書かれてご祈願をお願いされて下さい。

観音院が続く限りともし続けられるお燈籠は、献燈の感謝と真心に量り知れない功徳を生みます。燈籠のみ光は永代(えいたい)に輝き続け、佛縁を深めゆき、み佛の厚きご加護をいただきます。

心の道標として

み佛さまに捧げるその燈火は願う人の光明となり、進むべき道を照らし、心の道標(みちしるべ)として、闇に迷うことなきよう正しき道をお導きくださいます。

お燈明に燈をともすように、常に私たちの心の中にも燈(あかり)をともし、迷いから逃れ、物事を正しく見て、正しく考え、正しく行動できるようみ佛さまのご守護を祈りつつ、まことの道を日々に歩んでまいりましょう。

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