現世に彼岸を創る 観音院は彼岸の橋

秋彼岸法会は9月9日から、お中日は23日・26日(彼岸明け)まで、ご法要は、午前十時、十二時、午後二時からの三回です。(年中無休)

法要にお会いし、悪から逃れ、善き運を招きましょう
親しい人々の幸福と吉祥をご一緒にお祈りしましょう

「彼岸」という言葉は、梵語の「波羅蜜多(パーラミター)」「致彼岸(とうひがん・理想の彼岸に至る)」が略されたものです。

この世の苦しみの此岸(しがん)に対する、彼の岸(かのきし)です。

彼岸には太陽が真東から上って真西に沈みますが、お天道さまといい、母なる太陽に感謝します。

彼岸法要に参集され教典を拝読されたり、お寺に相談にお参りに来られたりし、悩み事を良い方向に導かれ、

考え方を整理して生活に穏やかさをたもちましょう。

怒りの心を抑える、愚痴は言わない、人を責めない、子やお年寄りを慈しむ、丁寧な言葉と態度でお彼岸には法要に会い、

ご先祖さまの御菩提をお祈りしましょう。

お彼岸は、仏教の教えを実践する「心の安全運転週間」とし、生活に安定度を高めましょう。

施餓鬼供養の始まり

施餓鬼供養の始まり

施餓鬼供養は、観音院ではお彼岸やお盆に行われていますが、それに限らずいつ修しても良く、ご先祖様や有縁・無縁の精霊、本人やその周囲の人々にまで慈悲(じひ)と無量の功徳(くどく)が巡らされるご供養です。

 施餓鬼会の由来は、お大師さまが唐から請来(しょうらい)された佛典の「焔口餓鬼陀羅尼経(えんくがきだらにきょう)」に説かれています。

 お釈迦(しゃか)さまの弟子の阿難尊者(あなんそんじゃ)の前にやせ衰えた、恐ろしい形相の焔口(えんく)という
餓鬼が現れ「三日の後、汝(なんじ)の命は尽きて、われらと同じ餓鬼となるだろう」と言いました。

阿難は驚き、その難から免(まぬが)れる方法を問うと、「餓鬼道にいる苦の衆生(しゅじょう)、あらゆる困苦の衆生に対して(おんじき)を施(ほどこ)し、三宝(さんぽう)「佛・法・僧伽(そうぎゃ)を供養すれば汝の寿命は延び、我も苦難を脱することができる」と餓鬼は言います。

 阿難尊者は悩んでお釈迦さまに救いを求めると、陀羅尼(だらに)を説かれ「施餓鬼の法」を授かりました。

 お釈迦さまは「餓鬼の言うのは真実であるが、恐れおののくことは無い。観世音菩薩からひとつのありがたい秘呪を授かっている。一器の食物を供え、この「加持飲食陀羅尼(かじおんじきだらに)」を唱えて加持すれば、その食べ物は無量の食物となり、一切の餓鬼並びに修行者たちは充分に空腹を満たされ、無量無数の苦難のものを救い、その施主は”寿命が延長”するだけでなく、その功徳によって”佛道を証得する”ことができる」と説かれました。

 自分のご先祖はもとより、供養されていない可哀相な精霊、無縁の精霊、すべての生きとし生けるものへの慈悲を巡らす尊いご供養とされています。

 阿難尊者は教えに従い、施食(せじき)せられたところ、焔口の言ったように寿命は延長し、お釈迦さまに奉侍(ほうじ)すること二十余年、菩提(ぼだい)を証することが出来て、これが施餓鬼の起源といわれます。

 供養に恵まれない精霊に供養されます。五如来の旗(はた)が立てられ三界萬霊のお位牌が安置され、お洗米と餓鬼の細い喉にも通るように野菜を細かく刻んだもの(人参、椎茸、胡瓜、高野豆腐など)を混ぜた物と、甘露水(かんろすい)などをお供えします。

彼岸供養は、太陽の沈む方向が阿弥陀如来さまと浄土にある方角である真西であるためともいわれています。
彼岸の世界にいる人を供養するとともに、まだ迷っている人々に太陽の方角が進むべき道標となり、早く向うら辿り着けるように祈りを捧げます。

 施餓鬼供養文は、観音院の常用経典「まことの道」百八ページまたは観自在9月号 8・9ページにありますので、ご法要で、ご家庭で、ご供養が気にかかる時にお唱えしましょう。

元気!元気!元気!9月3日 午前10時より大般若転読法要 観音院にて執行

■九月三日『第一日曜日』午前十時より
第四百三十八座大般若転読法要を執行致します。
お護摩は通算六万三千百九十二座になります。

■秋彼岸法要のご案内
秋の彼岸法要は九月九日から二十六日まで
毎日十、十二、十四時の三座一日の休みもなく行われております。
お彼岸は相手の立場になって物事を考え、
善い言葉と善い態度で過ごし、
暖かい人間関係を築く努力をして、
み佛さまに報恩感謝の祈りを捧げましょう。
観音院で配布しております日常十善戒をお持ち帰りになり
日々をより善くする実践をなされてください。

季節の移り変わりを感じる時期  皆さまお体は大切に

今月はこの巻頭の言葉を含め、いくつかのページで文字を大きくする試みを行う事にしてみました。


八月九月とお盆、お彼岸とお寺に多くの方がお参りされる季節となります。

法要に参加されて亡き方々へのご供養をなされる事で、心静かにご自身の心を見つめられるのも大変よろしいと思われます。

さて、入り口前の栗石を改修して歩きやすくなったとご好評を頂いておりますのでここで、杖をお持ちになってご参拝される方へ、以前お話をしたことを再度お話させて頂きますね。

杖をお持ちになってご参拝される方の中には、院内に土を上げないよう気を遣われる事もあると思います。

しかし、院内には大小段差がありますからご遠慮は不要なので、本堂で法要に会われる際や二階客殿、納骨仏壇に上がられる場合も杖をお持ちになって室内に上がって下さいませ。
皆さまの安全が一番大切です。

車椅子に乗ってお参りされる方も、本堂まではスロープを用意出来ますので安心してお参りされて下さいね。

法要の後にご接待しているカレーライスも、二階客殿に上がる事が難しい方々には本堂で召し上がって頂けるので、残暑を越えて秋冬を迎え撃つ元気とカレーを頂かれて下さい。

お彼岸を過ぎても、日中の暑さは相変わらずですが、朝晩の寒暖差が次第に大きくなっていきます。体調を崩されないよう用心なさってくださいませ。

光然の高野山修行日記 ・十六

先月の修行日記で私が着用していた衣帯について、ご質問を数件頂きましたので、今回はその事について写真を多めにお話させて頂きます。

この茶色の法衣は上半身の「褊衫」と下半身の腰巻「裙」に分かれています。専修学院内では両方まとめて「褊衫」と呼んでいました。

そして二学期の加行期間は作務衣を除けば全てこの褊衫と如法衣(黄色いお袈裟)で過ごし、また以前二月号で話題にあげた受戒の際も褊衫と如法衣を着用したのです。

褊衫は一枚の生地として繋がれておらず、生地を二枚左右の肩にそれぞれ乗せ、襟の部分でそれが離れないように繋がれています。

その構造上、肩から垂れた前後左右が四つに独立しているので、それまで経験した事の無い着用法になり、着付けには少々慣れが必要になりました。

身に付ける順番は

一、裾を腰に巻く。紐の結び目は少し下っ腹に下げた方がズレにくい。

二、褊衫を羽織り、前左半身の布についている紐と、後左半身の布についている紐を結び合わせる。

三、右半身前後の布を、同じように結びあわせる。

四、如法衣を身に着ける。

と文章で書けば非常に簡単なものになります。

実際は、手探りで背中側にある紐を素早く手に取る事は中々難しく、同室者と互いに紐を手渡す協力をしたことも幾度か経験しました。
慣れて来ると紐が有る位置の見当がついて来るのですが、それでも慌てていると手は空を掴んでしまいます。

ひどい時は、結ぶべき紐とは逆の紐を結び付けてしまい、余計に時間が掛かる事も有りえるのです。

そんな事で遅刻してしまわない為のコツとも言えないコツを解説致します。

左半身され結んでいまえば何とかなると考え、慌てている時もひとまず落ち着きましょう。紐が付いている部分が内側に折れている事もあるので、左手で背中側の布を振りながら引っ張り、右手で掴みやすくします。次いで右手を肩甲骨当たりから布に沿わせながら下ろしていけば、背中の紐を迷わず手にする事が叶います。寒い季節になると指がかじかんでしまうので、うっかり取り落とさないよう要注意。

ここまでの手順と写真をご覧になって、違和感を覚えた方もいらっしゃると思います。

褊衫は襟の左側が手前に来る、いわゆる「左前」の形になっているのです。和装だと死に装束が左前となるので、あまり縁起の良くない形となりますね。

なぜ褊衫を左前で着用するのか、その理由は「元々インドの僧侶が褊衫を身に付けていた際は、左肩を覆う布しか無かった」という事が由来となるそうです。

元々温暖な地域で用いていたので、片方の肩で良かったのですが、中国等各地に伝播していく際にその土地の寒さに対応するため右肩にも布が加わる事となったのです。

そのため、慣習として元から有った左肩の布を手前側に、追加された右肩の布は外側に身に着けるようになったと、専修学院で教授頂きました。

作務衣に着替えてゆっくりする暇もなかった加行期間、褊衫はまさしく体の一部となっていたのです。