日本の歴史を通じて比較的変化の少なかった江戸時代でも通貨の
改鋳(かいちゅう)やら、奢侈(しゃし)禁止やら、それは多くの
改革がなされたものです。
明治の初めには、廃仏毀釈(はいぶつきしゃく・1868年に神仏分
離令)といって寺院は死ぬような思いをしましたし、戦後の農地解
放(改革、1947-50)も凄かったですね。
人は蝉(セミ)のように地中で暮らしたり、脱皮したりしませんが、
生まれてから立つようようになり、歩き、言葉を話すようになる。
本当に人の成長と変化は物凄いものです。その次は仕事をしたり、
怪我をしたり、病気になったり、寿命が尽きて死んだりします。
そもそも受胎することが難関であり、出産までの経過は大変な変
化です。その困難を突破して今日があります。
構造改革は人が生きている証拠であり、社会が機能している証拠
と考えると良いでしょう。
人は常に自己改革をしながら成長しているものです。社会もそう
です。それを小泉総理が「構造改革には痛みが伴う」というものだ
から「痛み」はどのようなものだろうか、程度はどれくらい、誰が
一番苦労するだろうかと日本中が集団鬱状態前症候群になりました。
どうせ政治家は構造改革が仕事みたいなものですから、良い世の中
を創るために構造改革のピッチを上げますというくらいで良かった
と思います。
四つ這いから立ち上がり、言葉を覚えた私たちですから、皆さん、
色々と勉強して世の移り変わりに適応して行こうではありませんか。
そして、何時かは大往生をすることになります。要は自分の仕事
が無くなるかもしれない、では次の仕事を探して働きましょう。
借金が返済できず倒産したら、また一からやり直しするだけです。
何だ構造改革くらい
*第二次大戦は指導者たちの大変な間違いの決断で、多くの国民が
死に、家を焼かれ、仕事を失いました。外国にも物凄い迷惑をか
けました。
今からなされる構造改革なんて失敗しても爆弾は落ちて来ない。
他国民を殺す訳でもない。「対処」と「適応」が大切ですね。