- テレス
- アリス、君の部屋は汚いのう。毎日掃除しとるんかい?
- アリス
- してないよ。だって、掃除する暇なんかないもの。それにいくらきれいに掃除したって、どうせすぐに散らかってしまうんだよ。結局、掃除をするだけ無駄。
- テレス
- しょうがないやつじゃのう。毎日掃除をすればそんなに苦にならんもんじゃよ。
- アリス
- そうかもしれないけれど。でも、掃除するから部屋が汚れるんだよ。
- テレス
- どういうことじゃい?
- アリス
- 部屋が汚れているとするよね。なぜ汚れるかというと元の状態がきれいだからなんだよ。僕の観察によるとね、いつも整理された状態から散らかった状態に変化するけれど、散らかった状態から整頓された状態に戻ったことは一度もないよ。つまり、汚れた状態はきれいな状態の不可避(ふかひ)的な変化なんだよ。もし、あらかじめ部屋が汚れていたら、これ以上汚れようがないじゃないか。とにかく僕は汚さないために掃除をしないんだよ。
- テレス
- 君は無茶なことをいうのう。汚れたままにしておくと更に汚れがひどくなり、ますます掃除が面倒になるだけじゃよ。いずれにしても一度大掃除をしたほうがいいな。それにしても君はソフィストのようじゃのう。
- アリス
- ソフィスト?何それ?
- テレス
- 元々の意味は「知者・知恵のある人」という意味じゃよ。
- アリス
- ということは僕も賢者の仲間入りしたということなんだ。僕の理屈も立派なもんだな。
- テレス
- ちょっと待たんかい。わしは詭弁(きべん)論者という意味で君をソフィストと呼んだんじゃよ。つまり、屁理屈屋という意味でじゃよ。
- アリス
- なあんだ。でも、どうして二つの意味があるの?
- テレス
- まずはソフィストが何者であるかを説明せねばなるまい。ソフィストは紀元前5世紀後半にギリシアのアテナイを中心に活躍した職業的教師のことなんじゃよ。個人の名前ではないぞ。
- アリス
- 自然哲学者がいたころと同じ時代だね。で、ソフィストは何を対象に思索したの?
- テレス
- 法や掟などの人がつくった社会的制度を対象としたんじゃ。
- アリス
- で、ソフィストたちは社会で重宝されたの?
- テレス
- ああ、彼らは弁論術などの実用的な知識を教えておったんじゃ。繁盛して名声と富を得た者もおったようじゃ。
- アリス
- どうして社会的な需要があったの?
- テレス
- 当時のアテナイでは一応民主制が確立しておった。民主的な制度の中で、権力や指導的な地位を手に入れるためには、家柄や財産だけでは不十分じゃったんじゃよ。
- アリス
- 政治家としての弁論能力も重視されていたんだね。
- テレス
- そうじゃよ。人々に認められるには、一般人より高い教養と人々を納得させるだけの話術が必要とされたんじゃ。お金持ちの人々は、子供の立身出世を願い、著名なソフィストを雇い、勉強させておったそうじゃ。
- アリス
- 現在でも似たようなことがおこなわれているよね。子供の将来のために家庭教師をつけたり、進学塾に通わせたりしてね。
- テレス
- まあ、いつの世も同じようなことを繰り返しているに過ぎんのかもしれんのう。
- アリス
- ところで、有名なソフィストはいったい誰なの?
- テレス
- 代表的なのがプロタゴラスじゃよ。エーゲ海北部のアブデラで生まれた。30歳ころからギリシア各地で教えた始めたらしい。そして、アテナイで名声と富を得たそうじゃ。
- アリス
- 思想的にはどうなの?
- テレス
- ソフィストたちに共通する思想じゃが、彼らは、人間が決めたものには絶対的・普遍的なものは存在しないと考えた。人為的な取決めは相対的で主観的なものにすぎないと主張したんじゃよ。プロタゴラスでは「万物尺度論」というのが有名じゃよ。
- アリス
- どういうことなの?
- テレス
- 人間が「万物の尺度」ということじゃ。つまり「真理の基準」は神にではなく、人間にあり、その時その時の個々の人間の判断によるものであるということじゃよ。プロタゴラスは、神々が存在しているのか、していないのか、ようわからんといったんじゃ。要するに、彼は古代ギリシアの神々の存在を否定したんじゃよ。
- アリス
- そもそもどうしてそんな考え方に至ったの?
- テレス
- 当時のギリシアはポリスと呼ばれる都市国家が成立し、各々の国が独自の慣習や制度もっておった。ソフィストたちはギリシア各地を回っておった。そのため各国の法や掟を知ることになった。そこで彼らは気づいたんじゃ。法や掟などの秩序は絶対的で普遍的なものでなく、その国の慣習や宗教から人為的、意図(いと)的につくられ、正当化されたものに過ぎないと。身近な例で考えてみよう。君の家庭ではお父さんが必ず一番風呂に入ることになっている。君の友人の家では、おじいさんが一番目じゃ。そして、それぞれの取決めがそれぞれの家族によって承認されて、入浴の順序がきちんと守られている。これは、家庭内では人為的につくられた秩序が正当化され、絶対化されているとみなせる。一方、他所の家庭では入浴の順番を決める必要性さえ見出されていない。3軒の家庭の入浴時の決まりごと(慣習に相当)すべてを観察した人(ソフィスト的立場の人)は、各家庭には入浴の順番を決めた何らかの根拠を認めるけれども、その根拠は相対的かつ便宜(べんぎ)的なものすぎないと理解することになるじゃろう。そこには決して絶対性なんか見出されないじゃろうが。要するに、ソフィストは第三者的な視点から社会制度をとらえ考察したんじゃよ。
- アリス
- なるほど。ソフィストたちは随分思い切った考え方をしたんだね。プロタゴラスは既成の神々を批判して大丈だったの?
- テレス
- いや、残念ながら、市民から不敬虔(ふけいけん)で訴えられ、アテナイから追放されたんじゃよ。
- アリス
- プロタゴラスは必ずしも間違ったことを主張しているとは思えないけど、神々の存在を否定されることは信徒にとって耐え難いことだよね。でも、プロタゴラスの主張からだけではソフィストを詭弁論者とみなすことはできないよ。
- テレス
- もちろん、プロタゴラスは知者としてのソフィストじゃよ。しかしなぁ、あまりにも非常識なことを主張するソフィストもおって、ソフィスト全体の社会的評価が下がったんじゃよ。
- アリス
- そうなんだ。それで?
- テレス
- 申し訳ないが、今日はもう時間がない。それについては次回話すことにしよう。さらばじゃ。