不偸盗 盗みは悪いことです 絶対に止めましょうね

不偸盗(ふちゅうとう) 盗みは悪いことです 絶対に止めましょうね

【寅さん】他人の物を盗むな、と言うことは子供のうちに親が教え込むことで、僧侶がわざわざ言う必要はないと思うんだけど、高齢者の万引きなんかが増えているらしいね。

【院家さん】 物を陳列して売っている所は、ほとんどの場所でモニターカメラが取り付けてあって、管理事務所の方の画面では(物を盗まれている様子が)目の前で盗まれているように画面に映し出される。最近の防犯カメラは小さくて広い角度が写せるようになっている。
「カメラが付いてます」と言うような大げさなものは無くなって、盗む人に見つからないカメラが増えて来た。

誰も見ていないようでも監視している人が見ている画面の中に大写して映されている。前後の一切合財も録画されるようになっている。だから、万引きは絶対に捕まるように設備が出来ているわけだ。神様が見ているのではなくて、テレビカメラが見ているのだ。

現在万引きをする人はこういう仕掛けがしてあることを理解できない子供か、余程知能の低い人と言えるかもわからない。

【寅さん】 孤独な人が、寂しさを紛らわすために低額な物を盗んで捕まり、警察の人や警察官に事情聴取されることが「人と会話できる唯一の機会」と勘違いしていたりすることもあるらしいですね。

【院家さん】 困った世の中になったものだな。百円や二百円の物でそのような手間を取られると警備の人も警察官も、我とわが身が悲しくなられるかも知れない。しかし、度が過ぎれば逮捕して七十二時間留置場へ入れて、多分余罪の可能性もあるので十日間の勾留延長をやって、最終的には起訴されて、と大層なことになる。真冬には路上より留置場や拘置所の方があったかくて居やすいと言う人には対策は無いな。とにかく三度の食事は与えられ、雨露はしのげて不潔にならない程度に入浴もできる。でも犯歴は残るから、運が悪いと懲役の一年や二年は服役することになるかもしれない。

【寅さん】 年老いた微罪の犯罪者で、懲役に耐えられぬ者は医療刑務所かな。最近は刑務所も定員オーバーで、かつ入所者が高齢化していて、刑務所も実情は大変悩ましいことになっているらしい。施設は満杯、外国人もワールドワイドに入って来る。移民で流浪するよりは日本の拘置所の方が遥かに安心した毎日が過ごせる。銃で撃たれたりしないしな。

続きは、平成28年1月号 月刊観自在をご覧ください

絶対に生き残れる方法かある  一言でいえば大和魂のようなものだ

【寅さん】 景気がもう一つパッとしないし、この前は百五十年も続いた伝統工芸の仏壇屋さんが自己破産した。最近の仏壇は輸入材料も沢山使っていて、円安のせいで材料が高値安定し、各家庭は仏壇を置かなくなったことが原因らしい。古いビルは借り手が無くて家主は改装しないと借り手がつかない。五十代や六十代が何かのはずみで離職すると、そこから先は仕事が無い。年金の給付を受けるには、かなり先のことになりそうだ。どうすればいいのかな。

【院家さん】 心得ておくべきことは、為すべき仕事を失わないことだ。自己破産するにしても、まだ余裕があるうちに自分一人で出来る仕事くらいを残しておいて、整理すると良い。真面目で誠実であれば、一家族が食べて行けるくらいの仕事は残してくれることがある。
とにかく現在の職を続け、少々面白くないことがあっても、退職を考えないことだ。転々とする毎に仕事は面白ない方向に行くものだ。生きて行く上には頭を低くすることが何よりも大切だと思うな。

【寅さん】 ハローワークに行って見たが、この年齢になると安い給料で雑役くらいしかないな。若い人が幾らでもいる。使う方で見れば、若い人の方が良いなあ。歳をとればひと癖できるし、使いにくいのは良く分かる。
現在職に就いている人も自分の生産性以上の給料を貰っている人はいずれ職を失う。官公庁に勤めている人はどんなに上司に合わなくても絶対に辞めないでほしいな。公務員ぐらい堅い仕事は他に無いな。

結婚している人は離婚は考えない方が良いよ。一人で生活していける仕事は、なかなかありません。健康な間はアルバイトやパートでもやって行けそうに思えても、病気や怪我で具合が悪くなったら生活保護を貰わないとやっていけなくなるよ。

【院家さん】 寺にも仕事の相談はあるな。寺男として置いて貰えないかと言う相談が時々あるな。今どき寺男なんて仕事は皆無だし、寺男に住まわせる場所も無い。出家したい人も尼さんになりたい人も幾らでもおられるが、考えが甘すぎる。一人の人を養うには、般若心経を毎日三百巻は唱えなくてはならないな。般若心経一日三百巻唱えることが出来る人は、無理に寺に入らなくても何処でも生活が出来る人だよ。最近はお寺もIT化されていて、フェイスブックで私のお友達は四千人を超えている。手元を見なくても寺の職員は誰でもパソコンが扱えます。昔は良い人はいないかと求人らしきご相談もあったけど、今は全くありません。

お寺の仕事はしんどいな。一年三百六十五日、休みが無い。時間外でも人が亡くなられると、真夜中の十二時にだって枕経を上げますよ。よく拝まないと供養も祈願も効きません。御霊験を引き出すには、命懸けの礼拝が必要です。つまり、大和魂の世界です。労働基準法なんて適用外だし。

続きは、平成27年12月号  観自在 をご覧ください。

嘘を吐けるほど頭の良い人はいない 嘘を吐かない人生は気楽に過ごせる

嘘を吐けるほど頭の良い人はいない 嘘を吐かない人生は気楽に過ごせる

【寅さん】 院家さんは絶対に嘘を吐かないのか、一度くらい嘘吐いたことがあるだろう。

【院家さん】 嘘吐いたことは一度も無いね。過去にしたことは行動が伴って、相手の反応を含めて記憶している。嘘は過去の体験とも関係が無いし、その状況も記憶してないね。嘘を吐いて覚えておく体験や状況がないから、嘘のために細部を再現できるような記憶をする必要が無くて、記憶が吐き通せない。体験が伴わない言動は覚えておくことが出来ない。

【寅さん】 院家さんは昔のこともよく記憶されていると思っていたが、嘘を記憶する脳味噌は無いわけだ。

【院家さん】 嘘だけでは無い。荒唐無稽なことも、記憶することは出来ないね。
勉強するときは、全体に手で書いて口に出して耳に聞いて、何度も繰り返して書いて、手が覚える。口先だけで話すと、耳が聞いておらず、手も覚えていないな。だから嘘は吐けない。

嘘を記憶するために努力は費やせない。だから嘘を吐いたら、すぐ分かる。そんな馬鹿なことはしないよ。

【寅さん】 複雑なんだな。嘘を吐いたことを記憶するために、努力は出来ないな。つい口に出て、日記に書いて、何で嘘を吐いたか状況を書いて、毎日読み返して見て、そんな努力は絶対にしたくないね。

【院家さん】 嘘を吐かない人生はとても楽なのだ。同じように無理をして身を飾ったり見栄を張ったり、そんな人生はとてもではないけどやっておれない。借金をするのも嫌だな。返済日を記憶しておくのがやりきれないな。

もっと言えば、何か将来のことについて約束をするのも嫌だ。記憶して約束を守ることは大変なエネルギーがいる。そんなことは私にとっては無理。ただし、約束はほとんどしないから記憶できるし、絶対に破らない。

【寅さん】 院家さんに信用があるのは、出来ない約束はしない。した約束は絶対に守る、ということか。毎日三座礼拝されているが、如何なることがあっても一度も欠かされたことが無い。これも約束を守る院家さんの考えが表に出たものだな。

「融通無碍僧正の法話 二」の続きは、観自在 平成27年11月号をご覧ください。

観音院では十月は供養の月だな 供養とは亡き人に恩返しの気持ちを持つこと

【寅さん】 院家さん、観音院の燈籠供養は年々良く続きますね。

【院家さん】 燈籠供養は燈籠をお供えするお気持ちを儀式にしたもので、自分の心に慈悲の灯火をともし、日々【いたわり 慈しみ 思いやり 相手の立場で考える】ことで、これが出来る人は素晴らしい仏教徒と言える。

【寅さん】 そっか、燈籠を寄付された人々に感謝してお寺が催される晴やかな行事かと思ってた。

【院家さん】 それもある。お供えされている沢山のお燈籠の施主で、既に亡くなられている人も多い。その方々の追弔菩提を弔う意味も大きいな。

【寅さん】 中には子孫に恵まれず、誰も法事をしてくれる人がいない精霊も沢山居られるだろうな。その人達は観音院を霊魂の拠り所として居られるに違いない。善いことをなさるね。

【院家さん】 今は日本のお寺は衰退期に入っていてな、その中で観音院は繁栄を続けている。これは観音院が亡き人との約束を守り、きちんと供養しているので、沢山の人の霊魂が観音院を拠り所として守護してくたさっているのだろう。

【寅さん】 そう言えば、観音院の信徒さんで直葬にされたと言う話は聞いたことが無いね。

【院家さん】 直葬は亡くなられた人をお経も上げずに茶毘に付し、お骨を海に撒いたり樹木の木の下に肥料として入れたり、宗教に関わると高くつくから他人に迷惑を掛けないように、自分の行く末はどうなってもよいと重い諦めた人たちがなさるのかもしれないね。

【寅さん】 世の中がカネカネカネと薄情になって行く中で、院家さんや住職さんの言動や行為はとても有り難く貴重なものになっていきますね。

【院家さん】 いや別に、そのように深くは考えていませんよ。私も住職も性格がよく似ていて、観音院の有り方は本当は自然体なのです。

【寅さん】 あまり理屈をつけずに、さらりと燈篭供養をなされるのが良いね。大般若経転読法要は既に四百十四座、これも約三十二年も続いていますよ。

御護摩も九月の第一日曜日の朝十時の法要で、六万一千四十五座になりましたね。院家さんが初めて護摩を焚かれてから五十五年が経ちました。

【院家さん】 寺の日誌を見れば、色々なことが分かるな。こんなことを言うのも何だが、ただひたすらに拝んでいてそうなった。

【寅さん】 すらっと、ひたすら拝んでいたら、こうなったと言う院家さんの気持ちは良く理解できるね。そう言えば、先代さまが原爆供養塔に毎日ご供養に行かれていたな、院家さんが引き継いで今でも毎日供養に行ってるの?

今年原爆の日の感想

【院家さん】 両親には絶対服従で亡くなられるまで孝養の限りを尽くしました。

死ぬ前には無茶苦茶な要求もありましたが、それも無条件で従いました。

考えてみると年寄りの要望ぐらいは、別に叶えて上げるくらい大した苦労があったと思いません。せいぜいあの店の出来たての中華蕎麦が食べたいと言う程度です。雪中の筍【せっちゅうのたけのこ】を求めるような事も御座いませんでした。

原爆の落ちた時は、一面死臭漂う瓦礫の延長で立派な鐘つき堂も本堂も庫裡も、何も無くなった。祖父は火傷で八月三十日に遷化、父親は腰を痛め、母親は火傷して腕が曲がらなかった。

家族は凄まじい下痢に苦しんでいた。すぐ下の弟は行方不明、妹は衰弱死、とにかく何も無かった、人も居なかった。私は母方の祖母に僅かな食料を無心に再三行った。その後現住職の寛恵僧正が被爆二世として生まれて来た。

十三歳の私は、両親と家族を扶養するために、辛酸を舐め尽くした。寛恵は氷の配達をしながら学校を出た。

【寅さん】 現在の観音院があるのは、長老さん兄弟の辛酸の結果だな。

【院家さん】 ともあれ、先代が七十六歳で遷化されたので私が推されて住職になった。死ぬのを覚悟で毎日読経に明け暮れた。大晦日の晩に後ろを見ると、参詣者が本堂に溢れていた。寛恵を教育して僧侶とした。私が五十二歳で引退、三十七歳の寛恵を住職とした。八十二歳の今日の至るまで住職を支えてきた。

今年の二月に礼華と婚姻し、頭が良いので相談相手として適任だと思って居る。その礼華は、八月二十三日に高野山に行って得度し、度牒を得て来年約百三十日を専修学院の尼僧部で研鑽することを計画している。

【寅さん】 薄々は感じていたが、長老も寛恵僧正も大変な苦労をしていなさる。「不殺生、不偸盗、不邪淫、不妄語、不綺語、不悪口、不両舌、不貪欲、不瞋恚、不邪見」十善戒は何よりも大切にして居られますね。

【院家さん】 借金皆無、博打嫌い、投資嫌い・商才皆無で、毀誉褒貶は屁とも思って御座居ません。

【寅さん】 そう言えば誰かが言ってたな、「怖いものは一に女性、二に税務署、三に警察」。長老さんは女性に対して誠実だし、経理は公開してるし、おまわりに捕まるような悪事は絶対に為されないな。

【院家さん】 それにしても上手い具合に行ったものだな。「いたわり慈しみ思いやり相手の立場で考える」が効いたかな。

【寅さん】 最近は院家さんは般若心経を読誦しながら腕輪念珠を作っておられて、その根の詰めようは常人では真似が出来ないな。あれ全部、信徒さんに無料で差し上げるのですね。

【院家さん】 腕輪念珠を作って「いらんかえ!」と配って歩いたりはしないよ。

縁がある人に上げている。あの腕輪念珠は七福神が七列一万人来られるほどの御霊験がある。