自殺者が交通事故死を上回りました

融通無碍は自殺された人の葬儀は二度しかしていません。自殺したいという電話も良くありますが、自殺を防ぎたいと願いながら、自信はまったくありません。
 周囲に何の素振りを見せず、何も話さず、黙って自殺する人はまれです。社会の人が自殺に関心をもって対処して上げると、自殺を減らすことは可能だと考えてこの原稿を書いています。自殺者として扱われた人は交通事故死を上回りました。本当に残念で、かつ深刻な事態です。交通事故死は減少する傾向です、自殺者は増加する傾向です。この問題の相続に乗る人『いのちの電話』はボランティアさんです。ですから、皆さんも多くの相談に乗らないまでも、身近な人の相談には応じて上げるようにして下さい。そして一人でも多くの人が自殺しないで済むなら、これは素晴らしい善根を積むことになります。ご協力ください。

どなたでも一度は死にたいと
考えられたことはありませんか
 ■自殺は予防が可能です■
 自殺は魔がさす行為です。暖かい心では魔を清めます。

 自殺は自由意志に基づく行為というよりは、『追い込まれての死』と受け止めてあげましょう。

 [もう死んでしまいたい]という本人から出るサインに周囲の人が気付くことができれば、多くの人が自殺に至ることを回避することが可能です。

 ■自殺者の約九割の人が、うつ病をはじめ、薬物依存、統合失調症など、何らかの精神科の診断に当てはまっています。最近の調査では、うつ病経験者の四人に一人しか治療を受けていないという報告があります。

 ■借金、病苦などのストレスを軽減できなくても、うつ状態の改善や共感的な姿勢で相談にのることによって、自殺に至らずもに済むことがあります。

 ■死にたいという気持ちが強いときには相談、受診、場合によっては入院などの対応をとることが大切です。

 手首を切ったり、薬をたくさん飲んだような[自殺のそぶり]と言われる訴えを無視してはなりませんが、直ぐに救急や警察を呼ぶといった認識を持つべきできはありません。

 自殺のそぶりは「救いを求める叫び」であり、自殺をしたいほどの気持ちを分かって欲しいと言う訴えであることが多く、大切なのは、その「叫び」をまず言葉として受け止めることです。

 そのためにも救急措置といったことに振り回されてはいけません。

 ■自殺は本人にとってこの上もなく悲劇であるだけでなく、家族や周囲の者にも大きな悲しみや困難をもたらします。また社会全体にとっても大きな損失になります。自殺予防対策を実施する理念です。

 ■自殺をほのめかす言葉
*生きていてはいけない存在
*私なんていない方が良い
*価値の無い人間だ
*居場所がない
*ずっと眠り続けたい
*消えてしまいたい
*何もかもから逃げてしまいたい
*遠くへ行きたい
*もうどうでもいい
*もう時間はない
*もう決めました
*お世話になりました
*さよならが言いたくて
*いろいろありがとうございました

■電話の場合は、相手がなにげなく言うのを敏感にとらえて、対応することが、とても重要です。話し始めて五分か十分の間に重要なことを相談者は言うことが多いようです。

 最初に自殺をほのめかす言葉を聞き逃すと相談者は二度、三度繰り返して表現しますが、同じ言葉ではなく違った表現になります。しかも、もっと深刻な言葉で表現されます。

■電話での対応方法■
 電話は手軽に使えて即時性があり、顔を見せずに相談できる匿名性があり、単刀直入に切り出せる良さがあり、身近で有効な手段として活用されるようになると思われます。

 電話で会話する時は息遣いまで聞こえます。とても近くで話しているようで、心理的には大変役立ちます。

 ただし近すぎる距離感には注意が必要になります。心してください。

■自殺相談は稀死念慮といい、客観的に理解できない理由で死にたいと願い、死にたいという気持ちが次第に大きくなり、生きていくのがつらい状態です。

 表面的な激励はしない、自分の価値観を押しつけない、話をはぐらかさず、誠実に聞き、相手の感情を理解するなどの関わりが大切です。

■対応例■
*悲しい気持ちが強いのですか?
*あなたのことを誰も心配していないと感じておられますか?
*生きていても仕方ないと感じておられるのですか?
*自殺したいくらい、つらいと感じておられるのですか?
*人生を終わらせようとする計画がおありなのですか?
*どのようにそれを実行されるつもりですか?
*すぐにその方法が手に入るのですか?
*いつその計画を実行に移すつもりですか?

■対応のポイント■
①「自殺したい」と言われた時は、慌てず、驚かずに聞くこと。どうして死にたいのか聞く。
②その人が一番切ないところ、腹を立てられているところを聞く。相手の言ったことを繰り返す。
③その人の思いをいっぱい聞けるかどうかが鍵です。
 どんなことを悩んでいて、どうしてそうなったかなどを本人が「もうこれ以上言うことが無くなっちゃった」と言うくらい徹底的に聞いて理解する。
④具体的に自殺方法を聞くこと。
⑤沈黙の時間を十分保障してあげる。(質問攻めにしない。)
⑥役に立ちたい、指導したい気持は捨てること。(相手を心配していることを伝える)
⑦対応に完全であろうとしないこと。(完全な対応は相手も自分も傷つく)
⑧本人が従来持っていた価値観や問題解決の方法を生かし支えること。
 最近はこれをエンパワーメント(力づけ)と呼んでいます。
⑨危機の訴えは知識や自信があっても一人で対応せずに、自殺の危険性が高いとか、未遂を繰り返す場合には専門家を紹介します。
 他の人や専門機関に介入を依頼する場合は必ず本人の了解を得る。
⑩本人との会話が一段落しても、次に会う日か電話してくる日時を必ず約束します。この約束が危機にある心を支えます。

■こごて大切なのは次に会う日か電話をしてくる約束ですね。無碍さまは真夜中でもよく出かけられます。

 場所と日時を決めて会われ、話を聞き、お食事を一緒にされて、何時でも訪ねて来なさいと言う保障があって良い結果がありました。場合によっては精神科医師の所へ一緒に行かれます。

 精神科の先生は何もしないで主治医と相談しなさいと言われることが多いですよね。実はこれが一番正しい方法なのです。

 自殺は生き方への問いかけです。生き方や価値観は公の機関などが立ち入ることができない一人ひとりの課題であり責任です。ここを間違えると相談者の資格がありません。

『自殺』を枕詞(まくらことば)とした際限のない深みを流転することになります。

 主治医、ご家族、お友達などの協力が不可欠です。自殺の原因の一つには家族間の悩みが関わっていることが多く、特に配偶者の不貞、其の他の問題の場合は、相談者として親切にすると、仮想か本当か、容易に想われ人になることがあります。

 これは相談者にとって注意しなければならないとても大切な心得です。

 経済的な問題も多く、無碍さまの財布の底を尽くまで協力されました。しかし、この方法は間違っていたと言われます。

 ですから観音院の関係者はお金の相談には乗れないと明記してあります。

 お金で一時を救うことは、問題の先延ばしであり、自殺の解決には何もならないからです。

 うつの問題も同様ですね。僧侶は抗うつ剤を処方することはできません。ですからうつだと感じたら、なるべき早く専門医に引き継ぐべきです。

 ところが精神科医のところへ連れて行くことは多くの困難があります。これは注意深くお話しを聞いていれば分かります。分かればそれとなく診療所の場所を教えて上げて手を引きます。
 適切に家族や主治医の環境に帰して上げないと大火傷をします。

 僧侶には慈悲が必要です。慈悲はうつ病には通用しないのです。

 何人か人を助けると自信を持ちます。この自信が、慈悲の力で何とかしようと言う思い上がりに繋がります。僧侶は何時の場合でも自分は医師では無いという自覚が大切です。

 無碍様は最高一千万円、八百万円、三百万円協力されました。何れの場合も社会的立場からは、嘘を吐くような人ではありません。その人たちが平気で無碍様を小馬鹿にしておられます。

 奥さんと離婚するのでと、その司法修習を終わったばかりの弁護士さんは言いました。奥さんのお母さんが信徒さんで癌で治療中でした。その奥さんに払う慰謝料を借りたいと言うのです。

 最近は家内と別れようと思ったなど一度も無いと言われますが、そのお金はアルコール中毒の入院料に使われました。この問題は財布が底を突いて結論がでました。

 ですが、「五十万円ください」なんて申し出は沢山あります。依頼者に大きな誤解があります。融通無碍さまは打出の小槌はお持ちでありません。 親族と縁を切られたのも当然のことです。別院として使っても良いからと三百万円あて二回。これは騙された無碍さまが悪いですね。役員さまにも協力してくれと凄いのが居られます。株価を維持するのに千三百円の株を二万株、絶対に損をさせないと言いながら処分し時には七百八十円くらい、合計千四百万円の損失が出ました。

 詐欺に掛かられた信徒さんは多く、全て信用されるような立場をつくり、共通して口が旨いですね。

 なにやかやと、住職さまと無碍さまと一緒に負担して居られますけど大変ですね。

 何が起きても凹まない。お坊さまにとって大切な心がけです。

 何はともあれ、自殺をほのめかすように落書き、日記、作文を見つけた時、身辺整理などの別れの用意、突然の変化、引きこもり、不眠、食欲不振、飲酒や薬物の乱用。

 危険な行為や実際の自傷行為(リストカット)などは危ない兆候です。

 本人を一人にしない、強く叱らない、話をするよう心を開かせる。

 自殺するひとはわがままな人が多いのも事実です。だからと言って死んだ方が良いとは言えませんね。

 観音院は十善戒を説くお寺です、その第一が『不殺生』です。不殺生の内で一番に宜しくないのが自殺です。

 そのお寺に自殺して葬式をしてくれと言われるのは無理です。

 自殺は一番大きな戒律違反で、寺に糞尿を撒き散らすような行為です。

 ここまで僧侶の立場を否定して、死んだら葬式をしてくれも無いものです。

 観音院は自殺者の葬儀には絶対に関わるなと無碍さまは説かれます。死にたい人が、何とか生きれるように、親切に相談にはのりますが、自殺を決心されたら無縁になります。

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