法主さんは楽しいお人柄です

法主さんは、交際範囲の広いことは並大抵ではありません。貧富
に関わらず、美醜に関わらず(これは語弊がありますね)、国籍や
人種に関わらず、信ずる宗教に関わらず、あらゆる年齢、職種に関
わらず広い範囲の人と付き合っておられます。何しろ信徒さんだけ
でも二十三万人を軽く超えたのです。
 信徒さんを増やそうなんて、毛頭考えておられません。お友達も
就学未満から高齢者まで、呆れるほどに沢山の友達がおられます。

 法主さんはとても楽しい人です。話題が豊富で、思いやりが細や
かで、親切で優しい、このような方は友達にしても、信じていても
幸せです。

 法主さんはお洒落で通っていて、これは面倒を見てくださる方々
のお陰だと思います。
 法衣(ほうえ)も贅(ぜい)は尽くされず、簡素なものですが、
綺麗なお坊さんですね。 
 洋服姿も素敵です。目から鱗が落ちたと評する方もありますが、
どのように考えて居られたのでしょうか。
 お坊さんにしてはベストドレッサーだと思いますが、これは信徒
さんのお陰で、ご本人の努力ではありません。

 法主さんには、これといった趣味や傾向はお持ちでありません。
信徒さんの選んでくださったものを不思議なくらい上手に着こなさ
れます。
 趣味や嗜好も簡単に変更されます、例えばレースの織物は見た目
は綺麗だが展示用の灯が点っている人はいないし手触りも悪いと、
女性にとってはひどいことを思っておられたのですが、何方かに、
女性心理を聞かれて、好みを布帛(ふはく)からレースに変更され
ました—-、何と申したら良いのでしょうか。

 食べ物も結構好き嫌いがあるらしいのですが、出された物は何で
も食べられて好みが不明です。ところが、血液のために良いと言い
ますと、好んで食べられて、お好きだと思っていたら、実は子供の
時から嫌いだったなんて周囲は目を白黒する時もあります。

 我慢するとか辛抱されていることをご生活の中から読み取れない
のです。もしかすると我慢や辛抱は全くされていないのではないで
しょうか。
容貌についての好みも簡単に変えられ、某女性歌手はお好みでな
かったらしいのですが、お好きな童謡歌手だったと申しあげたら、
すっかりファンになられまして、実に虚心坦懐(きょしんたんかい)
というか、他人の言いなりになられることもあります。相当にいい
加減なところもお持ちのようです。

 法主さんにはリーダーシップとか主体性などを期待すると即座に
断られます。心に負担となるようなことは、信徒さんのこと以外は
受け付けられません。
 相場などのように価値が上下するものは心痛で適応出来ないそう
です。

 売り上げや利益で一喜一憂する商業行為も絶対に興味を持たれま
せん。心配することは避けて通られます。長と名が付くものは全部
お嫌いです。僧侶は、責任の取れる立場に己を置いてはならない。
強固な信念のようです。

 貨幣社会の世の中ですから、財布をお持ちですが、金銭を持つこ
とは嫌悪されています。財布に紐を付けて落とさないよう工夫され
ています。中身については執着がありません。支払いは現金です。
後日請求書が来るような付けや買い物はなさいません。         
 物は購入に必要な資金が集まるまでは、絶対に注文されません。
旅費ができるまでは旅行もされません。

 クレジット社会や割賦販売のシステムには巻き込まれてはならな
いと言われます。心に痛みを持たない、心に鬼を飼わない、恨みは
持たない、被害妄想を起こす立場に自分を置かない。
 手形というものも否定しておられます。出資という概念にも馴染
まれません、出た時点で縁が切れたお金です。配当や利息などには
興味のかけらも示されません。

 それでいて、財務諸表が読める珍しいお坊さんです。これは危険
察知能力として身につけられたものだそうです。
 用心は大切な心がけだと説かれます、用心の上に用心をして生き
ておられます。衛生観念も安全管理も、全て用心を基本に考えて、
不安を最大限少なくするよう、確実に努力されています。

 観音院は堅牢第一で建築された建物でゼネコンの人が要塞のよう
だと言われてましたが、発電機は自動と手動の二重にされています。
自動消火器は標準の五倍くらい設置されています。

 水は水道以外に浅・深の井戸が二本あり、停電の時は手動で汲み
上げることが可能です。地震などの際のビニールシートも常時百枚
備蓄してあります。
 災害についてこれほど良く考えられた建物はそう沢山はありませ
ん。
 市民としての義務を果たし、法令を遵守(じゅんしゅ)し、負担
となるような地位に就かず、守れない約束をなさず、債鬼にならず、
他人を責めず、期待せず、目立たないようにされています。

■法主さんは入れ物のような人です。水を入れてもお酒を入れても、
 塵埃をいれても何も言われず受け入れられます。水は入れ物の形
 に従うことと同じようなお方に見えます。

■心の中に鬼を飼わない、鬼を入れない、恨んだり憎んだり、他人
 に敵意をもつことは、嫌悪して防いでおられます。心に何も負担
 や義務感が無い。羨ましい境地だと思います。

タイトルとURLをコピーしました