普天間基地の行方は決めようがありません

■太平洋戦争(大東亜戦争)末期の一九四五年(昭和二十年)、沖縄諸島に上陸した米軍と日本軍との間で行われた「地上戦」。民間人を巻き込んだ日本国内での最大規模の地上戦であり、また日米最後の大規模戦闘となりました。(国内唯一の地上戦と言われることもありますが、硫黄島の戦いや占守島の戦い、南樺太での戦闘があるため、厳密に言えば誤り。日本各地で沢山の激しい地上戦や空襲があったのです。)
 日本側の死者・行方不明者は十八万八千百三十六人で、沖縄県出身者が十二万二千二百二十八人、そのうち九万四千人が民間人です。アメリカ軍側の死者一万二千五百二十人で、負傷者七万二千人です。

■沖縄は米国の占領地です。そこに基地を置いたのは、米国の当然な成り行きでした。

■占領地を返還したのは、米国の好意です。そこの基地を県外とか、自国にもって帰れというのは戦争の意味を知らない人です。

■ベルリンの壁の長い存在を日本人は知りません。北方領土の返還は悲願ですが、これは大変に難しいことです。

■沖縄に多大な負担を負わせるのは酷です。日本人は全国民をあげて、沖縄の人たちの現在と将来を考える必要がありましょう。

■米国との安保条約も、見直しは必要ですが、堅持しないと日本の存続は危険です。

■人は人が願うように平和を望んでいません。軍備を増強し、苦労して日本を守らねばなりません。

■今年の気象は知る限り大異変でです。建築基準法も見直し、災害に強い日本にしたいものです、皆で考えましょう。

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