光然の高野山修行日記 ・三 後半

■四月三日(金曜)金剛峯寺へ初出仕
五時十分:朝勤行、本日から理趣経をお唱えする。その後、朝食。

七時四十分:金剛峯寺への出仕に十名が出発。別場所のメンバーより時間に余裕がある。勿論、外出時は私語は厳禁。二列になって黙々と行進する。

程なくして金剛峯寺に到着。挨拶を終えると早速持ち場を割り振られる。

玄関で靴袋、傘袋の配布係や、秘仏前での案内係など、私は新別殿なる場所で、参拝者の方達にお茶の接待をする役を仰せつかる。切れ目なくやって来る人々を招き入れ、お茶とお菓子をお勤めする。

十時:離れで行われるお茶席を用意する手伝いを求められる。通常立ち入ることが出来ない部屋などにも入り、床の間の置物やも座布団などを出す。

十一時半:昼食。食堂に用意された仕出し弁当を頂く。精進弁当ではあるが、まだ二週間ほどとは言え、朝昼晩共にご飯とおかず一品の生活の中では、数種類の品を口に出来る食事が何とも有り難い。

因みにこの日の献立は、「ちらし寿司、コロッケ二個、キャベツの千切り、生姜の酢漬け、ケチャップスパゲティー、ほうれん草のお浸し」といった次第。

また食堂内のご飯をお願いしたら貰え、梅干し、海苔なども食べ放題。実にありがたい環境。

その後は十七時まで新別殿で接待に勤め、帰院。

十七時四十五分:夕食。

十八時半:出仕組の夕勤行。勤行は簡略なものとなり開経偈、般若心経一巻、諸真言。

二十一時:就寝。

このような形で五十日間に及ぶ、法会の出仕が始まりました。

一日おきに出仕が有るため、授業の進行が通常の半分、講師の先生も法会の関係で休講が重なる事も有り、座学の面では例年より不足していたと思われます。

しかしながら、多くの信徒の方達と触れ合う機会に恵まれた。この貴重な経験は多少の不足を補うに十分なもので有ったと思います。

また新別殿での出仕は、布施師の方達の法話を日々拝聴することが出来、良い勉強が出来ました。

金剛峯寺の見ものの一つとして謳われていた、日本画家の中島千波さんが奉納された桜の襖絵を毎日間近で見ることが出来たのも誠に有り難い経験でありました。他にも積もる話が有りますが、今回は以上とさせて頂きます。

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