ソクラテス(1)ソクラテスの生涯

テレス
さて、ソフィストの話はそれくらいにして、話を先に進めようかのう。
アリス
ギリシア哲学の真打といえば、あのソクラテスだね。
テレス
そのとおりじゃ。ソクラテスは西洋哲学史のなかで最も重要な人物の一人じゃよ。

    

アリス
西洋哲学のさまざまな流派の祖とみなされている人物だよね。
テレス
そうじゃ。彼は紀元前四七〇年頃にギリシアのアテナイで生まれている。父は彫刻師、母は助産婦じゃったらしい。ソクラテスの子供時代についてはほとんど知られていないが、青年時代には、自然哲学の研究や父の仕事の手伝いをしとったらしい。それ以外には、戦争に行ったということぐらいじゃな。スパルタとのペロポネソス戦争に三度も出征したということじゃ。容姿については、決してハンサムといえる男ではなかったらしい。歴史の教科書に彫刻が載っとるかもしれんから見てみるといい。
アリス
それなら見たことあるよ。ごつい感じの人だよね。だけど歴史に残る人っていうのは、やっぱりそれなりの理由があるんだろうね。
テレス
ソクラテスはいかにして「よく生きる」かということを真剣に考えた。そうして自分の人生の後半を、アテナイの人々の道徳意識の向上に捧げたんじゃ。彼は純粋無垢で思慮深く、その考え方や人間性は多くの若者を魅きつけたということじゃ。そうそう、結婚もとった。クサンチッペという女性とじゃよ。残念ながら結婚生活は恵まれたものではなかったようじゃ。若者を相手に議論で一日の大半を過ごしているソクラテスは、奥さんにとっては、悩みの種だったかもしれんな。
アリス
難しいところだね。ソクラテスといえども生活していかなくちゃいけないもんね。
テレス
まあ当時は奴隷制度が主流だったため、今の時代とはまた状況は違っておったじゃろう。ところで、彼の行動は当時の権力者たちにとって目障りだったため、「従来の神々を認めず、おかしな議論で青年を堕落させた」という罪を着せられ、投獄されてしまった。裁判でもソクラテスの主張は理解されず、ついに死刑判決を受けたんじゃ。親友たちは脱獄を勧めたが、例え不正に対してであれ決して不正で報いてはいけないという自らの倫理観に従い、ソクラテスは死刑を受けいれたんじゃ。「悪法も法なり」ということじゃな。こうして紀元前三九九年、今からおよそ二四〇〇年前にソクラテスは七〇年の生涯を閉じた。
アリス
何だかすごいね。僕だったら死刑なんて納得できないよ。どうにかして命乞いか脱獄しようとするけどね。ところで、ソクラテスの哲学はどんな内容なの?
テレス
全体的にソクラテスの人生や思想は謎めいておる。
アリス
どうして?ソクラテスが残した著作はないの?
テレス
残念ながらそうなんじゃ。ソクラテスは著作を一冊も残していないんじゃ。わしらが知ることができるソクラテスは、主に弟子のプラトンによって描き出されたものなんじゃよ。プラトンが師ソクラテスに出会ったのは二〇歳のころで、ソクラテスは六〇歳前じゃよ。プラトンは師との直接的な対話から多くを学び、師を自分の著作に登場させることで師の思想を後世に伝えたんじゃ。
アリス
孔子とその弟子たちの関係に似ているね。孔子の教えは「子曰く、…」と彼の弟子たちが残したものだったね。
テレス
佛教にしてもキリスト教にしても同じことじゃよ。仏陀自身がお経を残したわけでもないし、ましてや、イエス自身が聖書を書いたわけではない。仏教の経典の多くは仏陀の入寂後何百年かを経て編纂されたものじゃから、仏陀の存命中に経典は存在しなかった。いずれにしても、師の卓越した人格のすばらしさが、弟子にインスピレーションを与え、筆を執らせたことは確かじゃのう。
アリス
ソクラテスの弟子プラトンも、哲学史に名を残している人だよね。だけどプラトンの哲学も、ソクラテスの影響なしには語れないね。
テレス
プラトンは「対話篇」と呼ばれるシリーズものをたくさん書き残しておる。対話形式をとったのは、師ソクラテスの議論の方法にならったのかもしれん。じゃが、プラトンの著作の中に登場するソクラテスの言動は、実際にソクラテスが行ったものかどうかははっきり分からん。もちろんプラトンはソクラテスの直弟子だから、ソクラテスのことをよく理解していたとは思う。しかし、プラトン自身の思想をソクラテスに代弁させているところもあるかもしれんのじゃ。実際のところ、ソクラテスの思想とプラトンの思想を分けることは困難なことなんじゃ。
アリス
でも、なぜソクラテスがそれまでの哲学者を超えた偉大な存在になったかよくわからないなあ。僕だって、ソクラテスは偉大な哲学者というのを本で読んだから、偉大なんだなあと思っているに過ぎないよ。一体なにがソクラテスを偉大な哲学者にたらしめたの?
テレス
ソクラテスの具体的な思想については、また次の機会に詳しく触れることにしよう。君のように、その評判が本当に正しいのかということを、自分なりに考えてみるのはいいことじゃ。風評や流行に惑わされないよう、物事の本質を突き詰め自分で考え、判断することは大切じゃ。突き詰めて考えることは結構大変なことじゃよ。しかし、何も考えずみんなについていって、あとになって、しまったとか騙されたと思わなくて済む。人気なら多数決で決まるが、物事の良し悪しは多数決のみで決まるものではないからな。
アリス
突き詰めて考える、かあ。えーっと、ソクラテスは偉大な哲学者といわれているが、それはなぜか?どういう点が偉大なのか? 本当に偉大なのか?その前にプラトンの書き残したソクラテス像に信憑性はあるんだろうか?待てよ…そもそもソクラテスという人物は実在したんだろうか?プラトンという人が実在したことは確かなんだろうけど。まあ、とりあえず、プラトンの対話篇を読んでみようかな?でも対話篇も本当にプラトン自身が書いたのかな?あ、そうか…分かったぞ。やっぱり物事は突き詰めて考えるにこしたことはないね。
テレス
で、結論の方はどうなったんじゃ。
アリス
自分なりに考えてみたよ。やっぱり、本人に直接聞くのが一番ってことだね。
テレス
本人って、もしやソクラテスのことかな。
アリス
もちろん。すべてはそこから始まるよね。
テレス
そんな無茶な……
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