ソフィスト(2)

テレス
この前は申し訳なかった。今日は時間があるかのう?
アリス
あるよ。ソフィストの話の続きをしようよ。一部の屁理屈屋のソフィストが、ソフィスト全体のイメージを悪くしたんだよね。いったいどんな人たちだったの?
テレス
前にも話したようにソフィストは弁論術を重視しとった。人に自分の考えを説明するには、いかに相手を納得させるかが鍵になる。弁論術それ自体は相手を納得させるための技術であって、内容が正しいかどうか、つまり物事の善悪とは関係がないんじゃ。しかし、どんな技術も、良いことにも悪いことにも使うことができる。ソフィストたちは、弁論術を悪用 したから評判を落としたんじゃよ。

  

アリス
どんな風にして?
テレス
ソフィストの思想的な特徴は絶対的・普遍的真理が存在しないとみなしておることじゃのう。それゆえ真理の基準は相対的なもので、個人個人の判断によるものになる。
アリス
ということは、宗教的倫理規範や既存の道徳を考慮する必要はないということになるね。
テレス
そのとおりじゃ。良識で考えれば明らかに道徳的、倫理的ではないことでも、相対的な価値基準で理屈をつけるならば、議論の上では正当化することができるんじゃよ。そう、例えば、不正を働くことによって人は幸福になれる、というおかしな考え方さえ、彼らは正当化してしまうんじゃ。

  

アリス
どうやって正当化するの?
テレス
まず、大金を稼ぐことこそが幸福であるとみなすんじゃ。
アリス
お金を稼ぐことのみが幸福であるとはいえないよ。
テレス
もっともな意見じゃ。けれども、それは既存の価値観に基 づいて判断しているからじゃよ。先にも話したように、ソフィストは既存のいかなる価値観も受け入れる必要がないと考えておる。道徳も宗教も、彼らの前では無意味なんじゃ。ソフィストにかかれば、金儲けすることそのものが幸福になり得るんじゃよ。彼ら個人の判断が基準となるんじゃからのう。

   

アリス
世間の常識や価値観さえ軽視してしまうなんて、無茶な話だね。

  

テレス
しまいには、人を騙したりインチキすることも、何が悪い、ということになるじゃろう。

  

アリス
でも、彼らにだっていくらかの良心はあるよね。
テレス
個々のソフィストの内面までは知り得んから、実際のところはよく分からん。ただ、君がそんなふうにソフィストの理屈を非難できるのも、君自身の良心が判断基準のひとつとなっているからなんじゃ。もし君が、既存の価値観を無視し、良心も考慮しないとすれば、彼らの理屈を否定できんし、否定する必要もなくなるかもしれんな。相対的な価値観を認めるということは、結果的に、あるソフィストが、相手のソフィストの理屈を批判できない状況を生んでしまう。共通の価値観を持たなければ、議論は平行線をたどるだけじゃよ。

     

アリス
ソフィストは自分達に有利なように相対的な立場をとったのかもしれないけど、結局は自分達の首を締めてしまったんだね。
テレス
逆に、規範となるべき共通の価値観を持たないということは、人々を納得させることが出来さえすれば、どんなことでも正しいということになるわけじゃよ。
アリス
それにしても、古代ギリシャにはずいぶん強引な考え方を持っていた人々がいたんだね。

      

現代のソフィスト?
だけど、いくら理屈で相手を打ち負かしたところで、良識に照らして考えれば明らかにおかしいことなんて、最初から議論する必要も無いと思うけど。

            

テレス
実はこの現代にも、ソフィスト的な人達はいるんじゃよ。
アリス
えっ、ほんとに?
テレス
アメリカでは近年とんでもない訴訟が起こされている。そんな訴訟の推進役がソフィスト的な弁護士なんじゃ。彼らは高額な報酬を手に入れるために、ソフィスト的弁論術を法廷で展開するんじゃ。原告の自己責任をそっちのけにして、被告に言いがかりをつけて莫大なお金をむしりとる。訴訟の相手は、大金が支払える大企業や自治体なんじゃ。彼らにとって、裁判に勝利し、高額な報酬を手にすることが正義なんじゃよ。良心や宗教的信念に基づく事柄だから正義であるとは考えておらんように思える。もっとも、多くが裁判にならないとして却下されているが、有名な例として、ハンバーガーショップに対する訴訟がある。事前にコーヒーの熱さを警告しなかったのが火傷の原因として提訴したんじゃよ。ホットコーヒーを膝にこぼして火傷をして、4万8千ドル(約5百万円)を勝ち取ったんじゃ。火傷をした人には気の毒なことじゃが、本人の単なる不注意じゃろう。こんなことで裁判を起こし、高額な補償を要求する弁護士に良識があるとは思えん。裁判に勝ったのだから陪審員や裁判官を巧みな弁論術で納得させたんじゃろうが、良識がある弁護士ならばそもそもこんなことで裁判を起こしたりはせんはずじゃ。弁護士としての資質を疑われるからな。
アリス
このような弁護士はきっと、正義だから裁判に勝つのではなく、裁判に勝つことが正義と考えているんだろうね。まったく本末転倒な話だなあ。彼らに良心の呵責なんてありそうもないよ。確かに、ソフィスト全体の評判を下げた一部のソフィストと共通点があるね。どちらも良心や良識といったものが欠けているよ。屁理屈でもって議論を正しく見せかけているに過ぎないよ。
テレス
もちろん、アメリカには良心的な弁護士もたくさんおることじゃろう。しかし、一部のとんでもない訴訟を起こす弁護士が、弁護士全体の評判を悪くしているのはあきらかじゃよ。
アリス
一部の非常識な人の言動が、多くの良識的な人に迷惑をかけるんだね。良心的な弁護士やソフィストにとっては本当にいい迷惑だよね
テレス
その通りじゃよ。良識のあるソフィストには気の毒なことじゃが、良識に欠けたソフィストが悪い意味で注目されてしまったんじゃ。プロタゴラスやゴルギアスのように思想的に優れたソフィストもおったんじゃが、まさに「良貨が悪貨に駆逐される」じゃな。哲学史のなかでは、とかくソフィストの非倫理的な言動に焦点が当てられ批判の的となった。善良なソフィストもおったはずじゃろうに。まったく気の毒なことじゃよ。
アリス
なるほど。
テレス
君も学生としての立場をわきまえ、学生に対する世間の評価を下げんように精進せにゃならんな。わかっとるんか?
アリス
ふわー。えっ、今、何か言った?
テレス

こりゃ、いかんわ……
哲学
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