元気な顔は僧侶の義務だと思います。

八月末に、温室で農作業をしてましたら、呼吸が切迫して来て、頭がボーっとなりました。
この時の温室は五十度を超えて居ました。熱中症ですね。

汗が止まること無くだらだらと流れ出ています。気分は最悪、熱中症は痛いし辛いし、直ぐに救急を呼ぶのがお勧めです。以下私は述べることは皆さんはなさらないようにしてください。

先ず、お風呂に三十度くらいの水を張りました。二十分くらい身体を冷ましましたが、不快感が改善しない。

ベッドで横になり、氷水に漬けて絞ったタオルで全身をビショビショになるまで濡らして貰いました。

この間は約三十分くらい。塩分五%の冷たい水を飲んだりしてました。

漸く意識が明確になり、下着を替えて寝ました。死ぬかと思いました。

それからウォンツでジェルの枕大小二つ買い、冷蔵庫に入れて冷やして、暑くなると、布に包んで首筋に当ててます。

これは直に当てると低温火傷をします。包んである布に氷が出来ています。

頭が痛くなるとロキソニンを飲んで居ました。この薬は一ヶ月に十六錠以上を飲んではいけません。飲み過ぎると薬が頭痛の原因になるからです。

鎮痛剤の多くは飲用制限があります。体温を測っても三十六度三分、必要は無いのですが、首筋を冷やすと頭痛が無くなります。これは危ないと直ぐに冷やすのは止めました。

■カメラから写真を取り込もうとしたり、原稿を書こうとすると頭痛があります。
肩が冷えるのでホッカイロを買って来て、作務衣の上から張るととても気持ちが良いです。

食事は玄米雑炊、美味いとか不味いとかの問題では無く、血糖値を下げたいと願っているからです。寒天雑炊と言うのもありますが、これは体質に合わないらしく下痢します。

果物は西瓜、葡萄、無花果、桃、トマトなど、あまり考えずに食べております。

熱中症を軽く考えて居ましたが、以来呼吸の切迫、似たような環境に行くと直ぐに熱中症みたいな状態になり、簡単に熱中症みたいになります。

何だか瞑想に似ています。瞑想も阿字観、月輪観、などといろいろあります。

慣れると、作法や姿勢やら、環境やら色々と条件を整えて、大袈裟なことを考えずに、スーっと出来るものですが、病気も何だか似ているようです。

礼拝もそうです。本堂の導師の座る盤に上がらなくても、日常座臥、その場で出来るようになります。供養も祈願も調伏も何でも可能になります。

時間も四十分とか一時間とか一日中の寺の本堂と執り営む法要と同様に日常座臥の中で可能です。

自動車の運転中は無理です。絶対に真似をしないでください。原稿を書いてる時はずっと皆さまのご多幸を念じてタイプしています。

皆さまが礼拝や祈願の趣旨・供養の電話やファックスで依頼される際にも着信と同時に拝みに這入れます。
このような行動は昔のお坊さんには、しばしば見られたものです。

犬を飼っている人が、誤って川に落ちた際に、犬が飛び込んで飼い主を助けたような忠犬の話です。最近では飼い主が川に落ちても川岸で犬が吠えずにじっと見ているだけといった事もあるそうです。
吠えないように教育されていたのだと思いますが、飼い主を見殺しにするような躾けもありでしょうか。

何が何処かで間違っています。最近では『近いうちに』がどれ位の日数かが話題になっています。一国の総理の約束の言葉です。半年か任期末か問責決議案が出されても平気。
こんな事をしていると外交も変な事になります。何でも『近いうちに』と返事をしておく、相手も『近いうちに』。落語のような応酬になりそうです。

一日一日を大切にして、皆様の多幸を

私の五十代は住職を譲って長老に就任したり、約七億円で観音院を建立したり、沢山の信徒さんの要望が叶うように祈願したりで多忙でした。

寺に近い役宅マンションの一室で原稿を書いてるとき、銅ぶき屋根は反射して眩しいから、醤油を塗って表面を銅色の古い感じの堅い皮膜で覆わねばと考えている内に、スーとしたような感じで気を失いました。

ところでね、救急車で口から空気を入れてくれて、心臓の上を肋骨が折れるくらい押えてくれているのが見えるのです。「コリャア手遅れかも」と話して居るのが聞こえるのです。救急車は恐ろしく乗り心地が悪く、そのまま救急病院に担ぎ込まれて、心電図が付けられ、酸素を入れられて、注射をされて、電気ショックを掛けられて、「おお動き出した」と言うような会話が聞こえるのです。

住職夫妻も駆けつけ集中治療室から個室に移してくれました。大小便は起きて朦朧状態の自分に従って病院には迷惑を掛けました。

多分心臓がオカシクなって十五分くらい続いていても、痛いものは痛いし、多分脳味噌は死んでいなかったのだと思います。発作が起きる前一週間くらい黒い便が出ていて、胃腸の何処かに出血していて心配してました。

ですから三日絶食して、原稿を書いていたのです。胃の中は空っぽ、水分を入れて内視鏡を鼻の穴から入れて検査されました。その時に私は胃の中を映し出す画像を見てました。

胃の中は小さな山が沢山できていて、その山が鼓動に合わせるように血を吹いていました。住職さんも心配そうに画像を見て説明を聞いている。

胃はもう駄目で全摘手術で出血を止めましょう。胃は潰瘍状況で全摘をしましょう。安定しつつありますから云々。住職夫妻は医師の言いなり手術に同意しました。噴火山みたいなのが沢山できて、血を吹いている画像を見たからでしょう。

注射をされても痛く無くなった頃から観音院の屋根が気になって、スーと観音院の斜め上空から工事を見られるのです。正に瞬間移動、次は本堂の須弥壇に居て強固なコンクリートも苦も無く通り抜けている。私不在にも関わらず法要は常に如く執行されている。

私は二十五菩薩さまのあたりから皆さんを見守ってる。そうだ護摩を焚かなければと壇に座り一心に現状を大日如来に祈念する日々が続きました。

時に門前の六畳の休憩室が、病床と観音院の媒介をする場所でした。

この時に此所を「亡くなられた人に愛を光と祈り」の場所にしようと考えつきました。自分は死んだのかも知れない、此所はあの世の通過ポイントかなと朧気ながらに思いました。

それから毎日、観音院に来て護摩を焚いていました。二週間で百八回も祈念して焚きました。

手術の前日に意識が正常に戻りました。病院の中は周知してました。医療スタッフの話を聞いて居たからです。

予定表はに明日私の手術が書いてありました。

即座にタクシーを呼んで寺に帰りました。病院で大騒ぎして私を探していると電話がありました。私は手術を受けません、もう大丈夫です・・・・・・。

お腹は痛くも痒くもありません。取り合えず入浴して、沢山の垢が出て、サッパりしたところで、職員に全日空ホテルの雲海に食事にさそいました。

この時は特注のスープだけが喉を通りました。

翌日から重湯を食べ、やがてご飯と、以後胃腸が病気になった事はありません。胃の全摘の前日に治療を中断して病院から寺に帰ったのです。

そこで、あの世の通過ポイントを全面改装して周囲に金箔を貼り、蓮水を下に、欄間は鳳凰とし、大日如来十八と薬師如来、阿弥陀如来、阿修羅を察し、台はアメリカから輸入した金庫四十二個を一つに繋ぎました。

此の部屋の真ん中に座ると心が平安に満ちて来ます。今春竣工しました。

こんなこと無いと思ってたのに有ったんだ

夜は早く寝て、朝早く起きて、快眠快食、快便と思って、健康管理には自信を持っていましたが、睡眠中に鼾をかくことが有ると聞いて、主治医のところで検査してもらいました。

一晩検査機械を付けて睡眠し、先生に見てもらったら、無呼吸もある、血中酸素も低い、まあ重症危篤の状態ですから魂消(たまげ)たという次第。

医者の管理下でフィリップス社の呼吸補助機で約風速四メートルのマスクを鼻に付けて夜間は電気仕掛けで寝ておりますが、夜は十時頃睡眠に這入り、夜間一度トイレに起きたり、全く起きなかったり、朝七時ころまでぐっすりと休んでいます。

鼻用マスクをつけていて、バンドで止めているから、知らない人が見たら、相当すごい様相で、睡眠中に夜間進入した人は驚いて逃げられるでしょう。

おかげさまで昼寝の習慣は無くなりました。近代医療の機械化は立派。

体調の悪いところが多く改善されました。

夜間の無呼吸睡眠は割と多いらしいです。無呼吸症候群は改善出来ます。

人に応じて風速は必要な量に変化可能です。十年は若返る感じ、昼寝が気持ち良い人、鼾をかく人は一度診察をお勧めします。一口で言って良いよ。

機械にメモリーカードが付いていて医者へ持参すると、何時に寝て、何時にトイレに立って、何時に起きた、かなど全部把握されますけど、入院してること思うと負担は軽いです。

朝晩、目と鼻を洗う習慣を持っていますが、健康ばかりは私自身の問題。

風呂も「良い湯だなあ」と思ったら長湯はしません。重曹を入浴剤に使いますが、これも良いです。鼻を洗うにはハブ茶や塩五%くらいの水を使うと痛くありません。

お腹が痛いときは絶食、お粥と梅干しから始めます。ここら当たりは原始的な生活スタイルです。

どうしてお腹が痛くなったか、とは考えません。

良くなった時の快適な状態をイメージする傾向です。原則として小食。

腹一杯は不快に感じます。五百円のラーメン三杯食べたら無料なんてことには興味がありません。

ご馳走を並べた旅館の広告などは関心がありません。胃腸の驚くようなことは絶対にしません。

歯磨きも携帯用を持っていて、食前と寝る前に綺麗に磨きます。少し小型で乾電池で動きますから使い易いです。歯間ブラシも使ってます。練り歯磨きよりは塩を使います。

これ、あまりにも便利だから三本買いまして、二本は観自在プレゼントで差し上げます。応募要領は巻末に。

生きることは最終的には全部が自己責任と考えていて用心してます。

最近は良いテレビ番組が夜の十時以降に有ることが多く成りましたが、見ることにご縁が無くなりました。

でも夜遅くまで起きて見なければならないような番組はありません。災害情報なら、誰かが起こしてくれます。

お腹が痛くなるときは多分にストレスです。財物が欲しくて得られないというストレスは皆無ですが、信徒さまの悩み事には心痛します。信徒さまの立場で考えるので、僧侶本来のストレスだと諦めております。

いたわり、慈しみ、思い遣り、信徒さまの立場で考えると、責められるような場面には立ちませんが、何とかしてくださいとみ仏さまに熱心に祈るのは当然の立場です。

どのように世の中が変化しても、例えば桃源郷にあっても悩みは尽きないと覚悟しています。

お盆だけど、私は到底に極楽往生はできません。皆さんの、全ての方の死後の逝き先が定まったら、それまでは、あの世の入り口で待っていてあげます。死ぬ時に、どうしても心配なことがあるならば、『融通無碍・融通無碍・融通無碍』と三度呼びなさい。決して地
獄に落ちるようなことにはなりません。

死ぬまで役目がある。死後も役目がある。とても大事な役目です。しばしば百五十歳まで生きると私は申しますが、平均寿命が伸びていますので、私の役目の寿命は皆さんの倍くらいありそうです。

よく考えれば、このような有り難い生き甲斐はあまり多くありません。よくできたもので、お弟子さんや住職さんも多分に同じようなことを考えていると思います。

一人で物事をなそうとすると困難なことが多いけど、逝っても協力者には不自由はなさそうです。

もう一つ、良く生きる方法は、み仏さまを信ずること、具体的には光明真言を唱えると良い。

おん あぼきゃ べいろしゃのうまかぼだら まに はんどま じんばら はらばりたや うん。

『おん』だけ憶えていても全部大丈夫です。

物事はいろいろと考えてから行動

今月は障子の張り替え方です。

三世代同居なら教えてくれるかも知れないけど、最近はこんな知恵を持ってる人が少なくなった。

先ず張り替える障子を外して風呂に持ち込んで、浴槽に入れてシャワーで十分濡らす。紙は上から巻き下ろす。巻き取ったらタオルを絞るように水を切ってからゴミ箱へ捨てる。

ココカラが肝心。障子の糊が落ちるようスポンジで擦って洗いなさい。良く乾かしたら部屋に運ぶ、この時に下に戸車がついてたら『KUREの5-56』と言うのを吹いて置くと戸を快適に動かすことができます。

今の障子紙は長さ八メートルと大変長いし幅もあるから障子の桟の大きさに切りなさい。カッターの刃とか安全カミソリの刃で切ると良いです。押えるしっかりした物差しが無いと上手に切れません。

張り方は、糊の付いて無い桟に紙を置き縦横三カ所をセロテープで固定しましょう。

それから障子を立てて左右半分の処のテープを頼りにして、上を剥がして下に垂らしましょう。上半分の桟に糊を付けます。桟に沿って糊を吹き出すものを求めて置いて下さい。

糊を付けたら障子紙を立て真ん中を持って障子の桟に固定し、左右の端を持って広げて付けます。糊が乾いたら障子をひっくり帰して残り半分を張る。この時に半分を止めているテープを剥がして置くことが大切、テープの幅ほど糊が付かなくなります。

後は霧を吹いて完成だけど、風呂の流しの中央には障子のゴミが詰まっています。

この時に身体を乗り出してゴミを取ろうとしてはいけません。滑ったら肋骨が五本も折れるような事故が起きることがあります。

この際にお風呂も綺麗に洗いましょうよ。のぞき込んでゴミを取るような危ないことはしないの。先ず、風呂を乾かしてから、洗面器に石けん水を入れて、中に入って、背中を浴槽の後ろにつけて前を洗います。

前が済みましたら、乾くのを待って又浴槽に入り、綺麗に洗い、流しのゴミも取りましょう。前後を洗ったら、後はシャワーで洗い流します。

この時に天井見ると黒い点が付いていたり、角が黒ずんでいることがあります。これは奥さん一人の手に負えませんからご主人か彼氏に依頼しましょう。

浴槽の縁や蓋に上がらないで下さい。黒い点はカビです。カビキラーを買いましょう。ご主人か彼氏に頼んで足を滑らして怪我でもしたら、一寸物足りない。怪我したら頓馬な人だと思って別れる。

上手に掃除出来たら一緒にお風呂に這入ってあげたら宜しい。相手の判別と評価付けは風呂でもできますね。

障子紙を二人で貼ろうとすると、片方が固定してから反対側の人が下ろして貼り付けると良い。これは濡れた障子紙は破れるし、タイミング良く下ろさないと、桟に当たる以外の処に糊がついて、後で光ります。障子紙を二人で綺麗に貼れるカップルはとても相性が良いですよ。

障子紙が貼り替えられたら、襖の張り替えも出来ます。襖を外して、周囲の枠を外す、障子と違うのは糊の強いものを使う。四隅に皺が出来ないように工夫して下さい。

友達と交友することは大切なことです

私が出席を楽しみにしている同期会があります。旧制県立二中の最後の卒業生に相当します。

昭和五十八年以来、同期会は年を重ねて今年は第二十六回を迎えました。

第一回は昭和五十六年、このころはパソコンやワープロが普及を始めた頃です。中曽根総理でした。

第二回は昭和五十九年、グリコ森永事件がありました。中曽根内閣でした。

第三回は昭和六十年、「つくば科学万博」がありました。中曽根内閣でした。

第四回は昭和六十二年、国鉄が民営化されました。中曽根・竹下内閣でした。

昭和六十四年は、一月の同期会は昭和天皇が崩御されて自粛されました。水不足・米不足でした。この頃からオウム真理教事件が表面化しつつありました。

第五回はソウルオリンピックが開催された年でした。宇野・海部内閣でした。

第六回はアジア太平洋博が開催され、海部・宮沢内閣でした。

第七回は宮沢・細川内閣、皇太子殿下ご成婚の年でした。

第八回は細川・羽田内閣です。アジア大会が開催され、私たちは還暦でした。

第九回は細川・羽田・村山内閣でした。阪神大震災の年です。

第十回は村山・橋本内閣。O157食中毒がありました。

第十一回は橋本内閣・重油流出事件がありました。

第十二回、橋本内閣・小渕内閣、和歌山カレー毒物混入事件。

第十三回、小渕内閣、東海村臨海事故。

第十四回、小渕・森内閣、三宅島噴火。

第十五回、森・小泉内閣、愛子さまご誕生。

第十六回、小泉内閣、北朝鮮拉致問題。

第十七回、小泉内閣、イラク攻撃指示。

第十八回、小泉内閣、新潟中越地震。

第十九回、小泉内閣、ヘルシンキ・オリンピック。

第二十回、小泉・安部内閣、悠仁親王さまご誕生。

第二十一回、安部・福田内閣、国連軍縮会議。

第二十二回、福田内閣、ノーベル賞受賞。

第二十三回、福田・麻生内閣。同期生(卒業六十年目)

第二十四回、鳩山・菅内閣、同期生の喜寿に相当。

第二十五回、菅内閣、東日本大地震。

第二十六回、野田内閣、天皇陛下心臓手術。

最初のころは多忙で出席が叶いませんでしたが、最近は年のせいか、比較的良く出席するようになりました。いろいろと同期会はあると思いますが、半世紀を経て続いている同期会は少ないようです。加藤幹二さんと言われる方がおられて、卒業名簿を完全に管理されていました、この方の熱意がこのような珍しい同期会の存続の力となっております。

大半が昭和八年生まれですから七十八年の歳月を経ています。同期生は百五十二名いましたが十八年の出席者は六十人、十九年が五十一名、二十年が四十五名、二十一年が四十四名、二十二年が四十一人、二十四年が三十五名の出席者がありました。来年の出席者はもしかすると三十名くらいかも知れません。

物故者は百十三名、居所不明者が二十二人おられます。その内で物故者は、おそらく十名を超えると思われます。三百九名の内生存者は約百七十人くらいかも知れません。七十九歳まで生きられたのは五十五%に過ぎません。終戦の翌年に中学生になった年齢の人々は栄養状態も決して良かったとは思えません。欠席者の内、病気療養中と思われる方は二十六名、町内や老人会のお世話をされたり、ゴルフを楽しんでおられる方も十五名以上おられます。私が出席したのは二十六回中七回に過ぎません。それでも同期会はとても楽しみになりました。

父親は同期生が三名になるまで、楽しみに出席しておられました。ご出席されていた先生とゆっくり話する機会にも恵まれました。その先生たちも今はご存命の方はおられません。半世紀以上も昔の交際ですが同期会は良いものです。思い出はともかく、共通の時代を生き抜いて来た話は懐かしいものだと思います。

同期会や同窓会のお誘いを受けたときは是非ご出席なされることをお勧めいたします。

案内の最後に、傘寿八十歳、米寿八十八歳、卒寿九十歳、白寿九十九歳、茶寿百八歳、皇寿百十一歳まで頑張ろうとありまして、とても嬉しく思いました。


最近六坪くらいの家庭菜園を始めました。先だって赤カブを収穫して浅漬にして食べましたが、サラダ菜は毎日のように収穫できて新鮮な野菜に満足しております。トマトの大きくなるものとミニトマトを育てていますが、食物を栽培するのは大変に楽しいものです。寺の屋上ですから、お供えのお花や野菜や櫁も栽培しております。み仏さまに新鮮な櫁をお供えして朝の礼拝ができることは、とても嬉しいことです。

健康維持のためにも菜園やゴルフ、老人会、同窓会出席などは元気の助けになります。

無理をしないこと、出来るだけ色々な会合に参加すること、趣味の会に参加されることは大切なことです。

年を重ねると不幸にして配偶者を失うこともありますが、何歳になっても恋をすることを忘れないでください。再婚されることは良いことです。再婚には遺産相続などで複雑な問題の種を蒔きかねないので、財産の生前贈与など家族の満足するような適切な配慮が必要となります。七十八と言えば年に不足はありませんが、一人で生きるのは寂しいことです。よいお友達を沢山もつように努力しましょう。

私の好きなことは絵を描くことと、工作をすることです。電動の大型の物は使用しないようにしていますが、火災報知機をつけたり、子供の壊れた玩具を直して上げたり、趣味をもつことはとても大切です。

ただし、投資や投機、パチンコにのぼせたりするのは良くありません。

カメラの趣味は楽しいですよ。私は常にデジカメを携帯しております。ここでお願いですが、良い写真が撮れたら観自在に掲載しますのでお寄せください。和歌や俳句、短歌、写仏などの投稿も大歓迎です。上手や下手を考える必要はありません。上手下手と判断はしないことにしています。印刷すると一段と美しくなることもあります。小中学生の描かれた、絵や漫画などは、ご褒美に図書カードを、大人の方には念珠などを考えています。