心の道標として

み佛さまに捧げるその燈火は願う人の光明となり、進むべき道を照らし、心の道標(みちしるべ)として、闇に迷うことなきよう正しき道をお導き下さいます。 お燈明に燈を灯すように、常に私たちの心の中にも燈を灯し迷いから逃れ、物事を正しく見て、正しく考え、正しく行動出来るようにみ佛さまのご守護を祈りつつ、まことの道を日々歩んでまいりましょう。

今年の燈籠供養は下記の通り執行いたします。

十月十七日、水曜日、子安観音ご縁日、午前十一時より
同月二十一日、日曜日、厄除け大師ご縁日の午前十一時より

また、新規の燈籠ご奉納も受け付けています。

 

お燈明のみ光

み佛(ほとけ)さまにお供えする明かりを燈明と言います。

燈明は、六波羅蜜(ろくはらみつ)の「智慧(ちえ)」をあらわしています。

佛教には六波羅蜜の教えがあります。それは、「布施(ふせ)」「持戒(じかい)」「忍辱(にんにく)」「精進(しょうじん)」「禅定(ぜんじょう)」「智慧」です。

佛教でいう智慧は、普段私たちが使う知恵とは区別され、サンスクリット語の「理智(りち)」の訳として用いられています。これは、心の迷い、煩悩(ぼんのう)を滅し、物事の真理を明らかにして悟りを開くこと、正しいことと間違ったことの判断、正邪(せいじゃ)を区別する力を持つことをいいます。

中でも、この世に存在するすべてのものの本質は皆「空(くう)」であることを認識とします。空とは、すべてのものは因縁により現在あるものだからそこには実体と言うべきものは何も無い、存在を絶対視したり執着(しゅうじゃく)してはならないという思想です。

の俗語刑パンニャーは「般若(はんにゃ)」と漢訳され「空」の心を説いた経典「般若経」の名はここに由来しています。

■またお燈明は普通左右一対でお供えします。

これは「自燈」「法燈」と呼ばれ、お釈迦(しゃか)さまがクシナガラの郊外にある沙羅双樹(さらそうじゅ)の木の下で説かれた最後の説法の一つである「自らを燈火(ともしび)とし、よりどころにせよ。法を燈火とし、よりどころにせよ。」という教えを形にしてあらわしたものです。

続き→「日々のご供養
続き→「ロウソクのはじまり
続き→「燈供養具(とうくようぐ)
続き→「般若心経ロウソクの功徳

燈籠奉納の十の功徳


燈籠奉納の十の功徳

■ご先祖さまや水子さまの追善の供養、永代供養の為に、お燈籠の光は最高のものとされる。

■将来が明るく照らされ子孫繁栄の導きがある。善い人間関係のもとに子供や孫が幸福を得て、明朗な人生を歩んで行ける。

■過去の悪因縁が断ち切られ善意が裏切られることが無くなる。また物事が裏目にでることが無くなり、人間関係が改善されて善き人との出会いがある。

■お燈籠の光明に照らされて、直感力が鋭くなり、仕事や商売に知恵を授かる。不幸な選択することがしだいに無くなる。

■み仏さまの光明に導かれ、人徳が高まり、世の中を照らす人格者になることができる。

■過去に自分の犯した罪障が浄められる。自らの悪い運命が転換されて、災いや厄難、悪意から守っていただける。

■社会や人のために尽くせるように、仕事や学問、事業・商売などに良い運が与えられる。

■寿命が尽きた時は苦しみ少なく浄土に導かれる。善き後生と善き輪廻転生が祈られる。燈籠は永代に灯され、毎日法要が執行されて無縁佛にならない。

■浄光により見方や目が守られて生活が明朗になり、醜い物事を見ることがしだいに無くなる。

■いかなる境遇にあっても献燈の功徳により、距離や時間、障害を超えて、み佛さまの不思議な御加護が信じられる。