光然の高野山修行日記 ・四 前半

今月は良くご質問を頂く、専修学院内での食事に関するお話。

どのような食事か

食事は基本的に、ご飯とおかず一品、それに漬物類となります。

大鍋で仕込まれた煮物が多く、具材は主に冷凍ポテト、キャベツ、大根、油揚げとなっているので、次第に歯ごたえの有るものが懐かしくなって来ます。食事に供される中で歯ごたえが有る物はブロッコリー、筍ぐらいのものでした。

勿論、生臭もの、葱韮(ねぎにら)等は出て来る事は有りません。外出日にお菓子を買いに出た場合でも、受付での検査が有り、成分表示に卵、カツオエキス、カルシウム(植物性除く)、表記が有ると没収の憂き目にあってしまいます。

プロテインを実家から持ち込んだ生徒も動物性か植物性かの表示が無かったため没収されていました。

光然の高野山修行日記 ・三 後半

■四月三日(金曜)金剛峯寺へ初出仕
五時十分:朝勤行、本日から理趣経をお唱えする。その後、朝食。

七時四十分:金剛峯寺への出仕に十名が出発。別場所のメンバーより時間に余裕がある。勿論、外出時は私語は厳禁。二列になって黙々と行進する。

程なくして金剛峯寺に到着。挨拶を終えると早速持ち場を割り振られる。

玄関で靴袋、傘袋の配布係や、秘仏前での案内係など、私は新別殿なる場所で、参拝者の方達にお茶の接待をする役を仰せつかる。切れ目なくやって来る人々を招き入れ、お茶とお菓子をお勤めする。

十時:離れで行われるお茶席を用意する手伝いを求められる。通常立ち入ることが出来ない部屋などにも入り、床の間の置物やも座布団などを出す。

十一時半:昼食。食堂に用意された仕出し弁当を頂く。精進弁当ではあるが、まだ二週間ほどとは言え、朝昼晩共にご飯とおかず一品の生活の中では、数種類の品を口に出来る食事が何とも有り難い。

因みにこの日の献立は、「ちらし寿司、コロッケ二個、キャベツの千切り、生姜の酢漬け、ケチャップスパゲティー、ほうれん草のお浸し」といった次第。

また食堂内のご飯をお願いしたら貰え、梅干し、海苔なども食べ放題。実にありがたい環境。

その後は十七時まで新別殿で接待に勤め、帰院。

十七時四十五分:夕食。

十八時半:出仕組の夕勤行。勤行は簡略なものとなり開経偈、般若心経一巻、諸真言。

二十一時:就寝。

このような形で五十日間に及ぶ、法会の出仕が始まりました。

一日おきに出仕が有るため、授業の進行が通常の半分、講師の先生も法会の関係で休講が重なる事も有り、座学の面では例年より不足していたと思われます。

しかしながら、多くの信徒の方達と触れ合う機会に恵まれた。この貴重な経験は多少の不足を補うに十分なもので有ったと思います。

また新別殿での出仕は、布施師の方達の法話を日々拝聴することが出来、良い勉強が出来ました。

金剛峯寺の見ものの一つとして謳われていた、日本画家の中島千波さんが奉納された桜の襖絵を毎日間近で見ることが出来たのも誠に有り難い経験でありました。他にも積もる話が有りますが、今回は以上とさせて頂きます。

光然の高野山修行日記 ・三  中半

■四月二日(木曜)開創法会初日

四時半:起床。いつも通り五時に起床の鐘が鳴る。本日は法会初日のイベントが有るので、朝の勤行は簡略なものになり、下座(掃除)、食事を済ませた後、時間に余裕が出来たので風呂下座当番の作業内容を確認。他班からの協力を取り付ける。

八時四十分:百七十二年ぶりに再建された中門へと開創大法会開白(かいびゃく)・中門落慶(らっけい)大曼荼羅供の見学に出発。大伽藍内はまさしく黒山の人だかり。余りに人が多いので、どこで何をしているのかも見えない。そんな中、地固め式を行う力士の行進が遠目に見える。白鵬、日馬富士の姿も。流石と言うかなんというか、人垣から飛び出す背の高さもさることながら、身体の厚みが並の人間とは段違いである。

十時四十分:帰院。本日の出仕はAグループからなので、Bグループは授業を受ける事に。力士の行進以外は人垣のためにどこで何をしているかも分からないままであった。十時五十分より仏教概要、昼食をはさみ、十三時から茶道の授業、下座(掃除)など。

十六時:夕勤行。Aグループ抜きなので、人数は半分。声をじっかり出す必要が有る。

十七時五十分:出仕組全員の帰院を待ち夕食。

十八時半:入浴。Aグループの夕勤行を告げる鐘が鳴る。

二十一時:就寝。

光然の高野山修行日記 ・三  前半

以前もお伝えいたしましたが、昨年平成二十七年は高野山開創二百年にあたりました。

その法会(ほうえ)のお手伝いのために専修学院七十三期生はA班とB班に分かれ、一日交替で高野山各所に出仕に出掛けていました。

今月はその周りについてお話させて頂きます。

■四月一日(水曜)外出日
明日から開創法会が始まると言うのに風邪をもらった人間が着実に増えている。授業の合間、前日が日直だったので、これから日直をする院生に引継ぎや情報提供をする。

十五時:一時間の外出。近所のファミリーマートで文房具類やのど飴を購入。法会に合わせてお茶や高野山グッズのダンボール箱が店内に所狭しと積み上がっている。

光然の高野山修行日記 ・二  後半

鐘が鳴り終わると即座に点呼が始まり、全員の出欠確認が終れば「お願いします!」の号令とそれを返す返事と共に、十五分間の下座行(掃除をする修業)が始まります。班単位で割り振られた場所を一週間交代で清掃する事となります。
十五分が経過した頃、日直が点呼の鐘を叩き、それを耳にした院内各所に散った生徒達が急いで戻って来て、自分の座坪で合掌待機となります。ある程度落ち着いてきたところで大師、明神の御宝号「南無大師遍照金剛」「南無大明神」を全員で三遍お唱えするのですが、この際集合に間に合わず自分の座坪にたどり着けなかった場合でも、移動する事は御法度で、その場で停止し皆と共に御宝号をお唱えする必要が有ります。
寮監先生の発する「ありがとうございました!」の言葉とそれを返す生徒の「ありがとうございました」が下座行終了の合図となり、再度の三分ダッシュの合図ともなります。
急いで自室へと戻るのは同じなのですが、寒い季節ではかじかんだ指で、袈裟を留める肩紐を結ぶのは中々難易度が高く、慣れない内はやきもきしていました。
それでも遅刻をしてはならぬと素早く着替え、集会所の座坪にスリッパを並べ、(このスリッパも生徒全員の縦列横列が揃っていないと、戻って整えるよう叱責の言葉が飛んできます)食堂へ向かいます。食堂へは二列縦隊で入る前に一礼し、合掌をしたまま摺り足で自身の座坪へと行進します。

ビリビリとした空気の中、全員の集合の確認の後「食事略作法」が始まります。今回は詳細を割愛いたしますが、食事をする事の意味、感謝を示す短いお経を唱えていく事になります。その後無言で無音の食事が始まり、一日が始まるのですが、続きはまた次の機会に。