真言宗伝持の八祖さま(一)

観音院ではご法要のとき僧侶が参拝の皆さまを特別に御本尊さま
御前の間近までお進み頂き、お焼香のご案内致します。

 内陣の両側を余間(よま)といいますが、観音院では、大般若経
六百巻 二組が安置され、釈尊涅槃と「八祖さま」にお参りします。

 真言宗には「龍三、龍経、金珠、不縛、善指、一内、恵童、弘五」
という句があります。
 真言密教を人世に流伝(るでん)し護持(ごじ)された八人の祖師
さまの特徴を略された言葉です。
一祖龍猛(りゅうみょう)は三鈷杵(さんこしょ 密教の法具)、
二祖龍智(りゅうち)は梵経、三祖金剛智(こんごうち)は念珠
を持ち、四祖不空(不空)は外縛(げばく)の手印を結び、
五祖善無畏(ぜむい)は右手の人指し指を立て、六祖一行(いちぎょう)
は衣の袖下で印を結び、七祖恵果(けいか)童子を伴い、
八祖弘法(こうぼう)は五鈷杵を持っていることをあらわしております。

 真言八祖といっても、「付法(ふほう)の八祖」と「伝持(でんじ)の
八祖」の二通りがあります。
 付法の八祖は、大日如来(だいにちにょらい)、金剛薩捶(こん
ごうさった)、竜猛、竜智、金剛智、不空、恵果、弘法の八祖さまです。
真理そのものを顕現させ説法した大日如来さまの教えは、次々と受け
継がれ、インドから中国、中国から日本へと伝えられ、お大師さま
を経て真言密教の大きな流れを形成されました。
 この大日如来さまからお大師さまに至る真理の相承の系譜を付法
の系譜といい、八祖を数えるので、「付法の八祖」といわれます。
「伝持の八祖」は真言密教の弘通(ぐつう)に貢献された八祖さま
のことを申し上げます。

■これから「伝持の八祖」さまについてお話したいと思います。

一祖 龍猛(龍樹)菩薩さま

 南インドのビダルバ出身の僧侶で、幼い頃から学問に優れ、当時
インドで広まっていた大乗仏教を体系化したといわれております。
南インド地方で密教の根本経典である「大日経」が納められている
「鉄塔」を見つけ、扉を開こうとしましたが、扉は開きませんでし
た。七日間ひたすら祈願したところ、ついに扉が開き、大日如来さ
まのお導きを受けて塔の中に入ることができ、そこで、金剛薩捶よ
り密教の教えを伝授され、心眼を開かれ、すべてが御仏の姿でない
ものは無いと体得された、と言い伝えられております。
   (*注*捶の文字は手偏ではなく、土偏が正しいものです)
 龍猛さまの死後百年、南インドの人たちは廟(びょう)を建て、
龍猛さまをお釈迦さまと同じように崇(あが)め、「龍猛菩薩」と
称されるようになりました。

二祖 龍智菩薩さま

 南インドの僧侶で龍猛菩薩さまの弟子として密教を学び、厳しい
修行をなされました。龍猛菩薩さまの密教正系を忠実に伝え、広く
宣布しました。
 仏教ばかりでなく種々の学問に通じ、長寿を保つ秘法を知ってい
たとされ、住持七百年で亡くなったと伝えられております。南イン
ド地方を中心に活躍され、多くの人々を救済され、崇敬(すうけい)
されました。

三祖 金剛智三蔵さま

 金剛智三蔵さまは、南インドマラヤコクに生まれ、父に懇願して
仏道に入ることを求め、十歳のときナーランダー寺(最古の大学)
の寂静智を師として出家されました。
 小乗大乗の教理を修めた金剛智三蔵さまは三十一歳の時、龍智菩
薩に七年の間、承仕供養して、「金剛頂瑜伽経」など法燈を伝授さ
れました。また「呪法」に優れ、観想すれば金剛薩捶が常に眼前に
出現したと伝えられております。
 ある日、金剛智三蔵さまの元に観世音菩薩(観音さま)さまが現
われて、次のようにお告げになりました。「大唐国(中国)に行っ
て文殊師利菩薩(もんじゅしりぼさつ 優れた智慧を持つ菩薩さま)
を礼拝するがよい。そこで仏法を流布し、衆生を導きなさい。」
 金剛智三蔵さまは、スマトラ(インドネシア)を経て南シナ海に
出た時に大嵐に遭い、金剛智三蔵さまの船だけが広州(中国)の港
に着かれました。
 時は玄宗皇帝の開元八年(七二〇年)、金剛智三蔵さまは洛陽に
入り、皇帝に入国の事情を奏上し許され、開元二十九年七十一歳で
遷化(せんげ)されるまで、多くの弟子を育成し、密教による教化
につとめられました。

四祖 不空三蔵さま

 不空三蔵さまは南インドの出身で、早くに両親と死別し、幼時よ
り出家を志し、剃髪(ていはつ)して袈裟(けさ)を身につけてい
たといわれております。
 十四歳の時、金剛智三蔵さまに巡り合い、弟子となりました。金
剛智三蔵さまは弟子となった不空に、梵語経典を読ませたところ、
一度聞いただけで音韻を間違えることがなかったとのことです。
 数年後、金剛智三蔵さまと不空の師弟は、危険な南シナ海に船出
し、唐に渡りました。
 その後、密教を学びたいと師の金剛智三蔵さまに願いましたが、
師はなかなかお許しになりませんでした。ところがある夜、金剛智
三蔵さまは、仏・菩薩の像が大挙して不空に従って東行する夢を見
て、不空に密教を授けよとの御仏の教示であるとさとり、密教の奥
義(おうぎ)を伝授しました。
 不空三蔵さまは、開元二十九年に金剛智三蔵さまが亡くなるとす
ぐに、その遺言により「金剛頂経」の完本を求めてインドへお旅立ち
になりました。南インドの龍智菩薩さまのもとで、「金剛頂経」、
「大日経」を伝授され、唐にお戻りになりました。
 玄宗皇帝、粛宗皇帝、代宗皇帝の三代の帝師として尊信され、唐全
域に密教を弘められました。

 不空三蔵さまは鳩摩羅什、玄奘三蔵とともに、三大訳経家と呼ば
れ、宿曜占星の所依の経典宿曜経なども翻訳されました。弘法大師
さまのご降誕は六月十五日ですが、不空三蔵さまのご入滅の日です。
それぞれのお祖師さまには深いご縁がございます。合掌九拝 浄寛