新年特別編:暦談義

アリス
今日から新年が始まるね。何だかうれしいなあ。
テレス
新年早々からうれしいと思えるのはいいことじゃよ。何か目標を立てて有意義に一年を過ごすよう心がけるとよい。ところで先月の試験の結果はどうじゃ?
アリス
人事を尽くして天命を待つ、って心境かな。友人にノートを借りてひたすら丸暗記したよ。こんなんじゃ実力はつかないけどね。まあ、結果は正月休み明けにわかるよ。
テレス
これからは地道に勉強することじゃ。
アリス
うん。一年の計は元旦にあり、といわれるからね。だから、今年は試験のあるなしにかかわらずまじめに勉強することを誓うよ。
テレス
いい心がけじゃ。よっぽど年末の試験が骨身に堪えたんじゃのう。
アリス
あんなのはもう懲り懲りだよ。まあ、今日から二十一世紀だね。気持ちを入れ直すよ。
テレス
新世紀早々いきなりじゃが、ちょっと暦について話をさせてくれ。今日一月一日から二十一世紀が始まるが、これは単なる暦の上での取り決めに過ぎんということを知っておるのう?
アリス
今日は元旦。世界中の誰にとっても二〇〇一年だよ。いったいそれってどういう意味なの?
テレス
君は暦上の年月日を誰にとっても当てはまる普遍的な事実と思っているようじゃが、暦なんてそもそも人間が都合がいいように作っているものに過ぎないんじゃ。西暦という暦もある一定の規則に従って年月日を数えているだけなんじゃよ。
アリス
でも、今年は二〇〇一年というのは確かな事実だよ。
テレス
わかっとらんのう。では、元号で言えば何年じゃ?
アリス
もちろん平成十三年だよ。
テレス
西暦から離れて考えてみるんじゃ。
アリス
あっ、なるほど。わかったよ。暦は単なる取決めごと、普遍的じゃないということだね。
テレス
そのとおりじゃ。暦は時の流れに絶対的な意味や価値を与えるものでない。ある基点となる時間から一定のルールを当てはめる。いわば、時間の流れを簡便に具体的に扱うための指標なんじゃ。わしらはその便宜的な指標に、意味や価値を付け加えているんじゃよ。  新世紀を祝う一方で、このことも覚えておいてほしいんじゃ。
アリス
わかったよ。
テレス
もちろん西暦は現代で最もグローバルスタンダード化した暦といえる。君も知っておるとは思うが、西暦はキリストが誕生したとされる年を元年にしてそこから数え始めた。十六世紀途中で、ユリウス暦(旧暦)から現在のグレゴリオ暦(新暦)に移行したということじゃ。
アリス
そうなんだ。そうそう日本には皇紀という暦があるよね。
テレス
よく知っておるのう。今年は皇紀二六六一年。皇紀は初代の神武天皇即位の年を元年として数え始めた。昭和十六年じゃったかのう、皇紀二六〇〇年を記念して日本中が祝福したのは。
アリス
もちろん佛暦もあるよね。
テレス
当然じゃよ。佛教は世界三大宗教の一つじゃからのう。佛暦はお釈迦様の没年から始まっておる。
アリス
いったい今年は佛暦何年になるの?
テレス
今年は、二五四三年じゃ。
アリス
西暦よりずっと長いんだね。今でも使われているの。
テレス
現在でもタイでは正式に使われておる。
アリス
じゃあ、イスラム暦では?
テレス
西暦二〇〇一年はイスラム暦では一四二一年になる。ちなみにチベット暦では二一二七年、バリのシャカ暦では、一九二二年。なんとユダヤ暦では、五七六一年じゃ。他にもあるがこのあたりでやめておこう。
アリス
へーっ、知らなかった。
テレス
これは大切なことじゃが、どの暦が正統で、どの暦が正しくないとは決していえない。というのは、暦は宗教的、政治的な理由で作成され、利用されるからじゃ。純粋に天体観測の成果から作られるものではない。だから、西暦だけが絶対的に優れた暦とはいえない。宗教的、政治的理由で多くの国で採用されたというわけじゃ。世界中で同じ暦が用いられると便利じゃけどのう。今では経済、交通、通信などが全世界的なつながりをもっている。貿易の決済日や国際線の予約、国際間の交渉などで、各国がそれぞれの国の暦を使うと誤解や混乱が生じる。例えば、A国のA暦の一九八〇年三月六日が、B国のB暦の四五二七年七月二五日になる場合もあり得るからのう。今現在で西暦が世界の多くの国で使われるのは、利便性を考慮してのことじゃろう。もちろん、暦は地域性や宗教や文化を反映しているので、二本立てでも、三本立てでもかまわんと思う。利便性だけで暦を一元化することは、その国の宗教や文化を否定することにもつながる。暦は先人の知恵と努力の結集であることを忘れてはいかん。いずれにせよ現代社会では暦なしの生活は不便極まりないからのう。利便性と文化や伝統の尊重を考慮して、日常生活が豊かになるようにうまく使い分けるほうがいい。
アリス
そうだね。
テレス
長い人生、暦の大きな節目でお祭り騒ぎをするのもよかろう。しかし、大切なことは、暦で、何年になったかを気にするのではなく、この年を、今をいかに生きるかを考えることじゃ。年の変わり目ごとに、これまでの自分の行動や言動を謙虚に見直してみるといい。改めるところがあれば改め、よいと思えることは継続すればいい。心配事や悩み事があればお寺で相談にのってもらうこともできる。気にかかることがあるなら、供養やお祓いをしてもらえば精神的にも楽になるはずじゃ。年越しさせる必要がないものまで年越しさせてはならんぞ。日々の生活の区切りとして、新年、新世紀をスタートすべきじゃよ。注意することは、前の一年を反省もしないで、惰性で日常生活を続けることじゃ。これでは自己の向上なんてありえないし、世の中のために役に立つことも難しいと思う。要するに、今年がどんな年になるかを不安に思い心配するよりも、今年をいい年にしようと地道に努力することのほうがずっと大切じゃよ。
アリス
そのとおりだよ。
テレス
いつの時代でも、どんな場所でも、誠実さ、勤勉さ、思いやりや優しさなどの道徳規範は必要とされるし、幸せな人生のために不可欠な要素じゃ。正月休みの間に少し考えてみるといい。
アリス
うん、そうするよ。気分を一新し、いい一年が過ごせるように、早速お寺にお参りに行くことにしよう。ありがとう。じゃあ、またね。
テレス
お~い。わしもお寺に連れて行ってくれ~。